Re: 事実を把握しなければ風聞は消せない
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2011/10/06 06:57 投稿番号: [37026 / 41162]
>>慰安婦なんて偽者ばかりだし、本物の慰安婦もいたが、実態は兵隊から金を巻き上げて散々荒稼ぎした売春婦だ。
>maximirion
・・・
>日本兵相手に荒稼ぎする慰安婦もいなければ、日本兵相手に売春が許される売春婦も貸し座敷業もなかったのが実態だ。
日本兵相手に荒稼ぎした慰安婦はいただろ。
――――――――
■1.米軍がレポートする慰安婦の実態■
米軍情報部は、北ビルマの慰安所で収容された慰安婦からの聞き取りをもとに、以下のような報告書を残している。
女性たちは経営主が、600円前後の前借金を親に払って、その債務を慰安所での収入で返還している,女性たちの稼ぎは月に1500円前後、兵士の月給は20円前後。
慰安婦たちは、二階建て個室付きの大規模家屋に宿泊して業を営んだ。
・・・・彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。
慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。
支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った。ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4〜5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。
――――――――
[7:巨額のカネを稼いだ慰安婦の実態]
平成4年に韓国の元従軍慰安婦の文玉珠が起こした、「戦時郵便貯金の払い戻し請求訴訟」別名下関裁判というのをご存じですか?。
彼女は戦時中にビルマで従軍慰安婦をして貯めた26,245円を郵便貯金にしていましたが、後にその中から5,000円を朝鮮の実家に送り、敗戦後の混乱の中で預金通帳を紛失してしまい、昭和40年に預金は失効しました。それを27年後の平成4年になって預金の払い戻しを国に要求したのです。勿論元慰安婦個人ができる裁判ではありません。そこには例によって元従軍慰安婦を「だし」に使い日本の威信失墜を図る反日左翼主義者たちが裁判の筋書きを書き、彼女はそれに原告として利用されただけでした。戦時中の大卒の初任給が100円から150円の時代に26,000円の貯金とは、その金があれば当時東京でも家が何軒も買えた大金でした。
裁判の過程で明らかにされたことは、彼女が僅か2年半の間にこのカネを稼いだということでした。つまり30か月で2万6千円を貯金したので、毎月870円も貯金したことになります。大東亜戦争陸軍給与令(昭和18年)によれば、最下級の2等兵の月給は7円50銭で、下士官である軍曹が23円〜30円、戦地手当を含めると約2倍になったので、当時の兵士の収入を平均すると月額30円程度でした。彼女はその30倍も稼いだわけです。それだけではありません、陸軍中将の年俸でも5,800円でしたから、彼女は在ビルマ日本軍最高指揮官よりも、多く稼いでいたことになります。
――――――――
1992年の証言
(毎日新聞より)
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。
――――――――
どうみても「荒稼ぎ」しているだろ。
これを「荒稼ぎ」と言わずに何と言う?
文玉珠は、贅沢品を消費しながら、2〜3年間で2万6145円軍事郵便貯金し、うち5千円を大邱の家族に送金していた。
※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機) ・陸軍大将月給 550円 ・一般日本兵月給 15〜25円
━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━
・慰安婦の月収 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円…
26145円(現在の貨幣価値で約6000万円)を約2年で貯金した売春婦
>maximirion
・・・
>日本兵相手に荒稼ぎする慰安婦もいなければ、日本兵相手に売春が許される売春婦も貸し座敷業もなかったのが実態だ。
日本兵相手に荒稼ぎした慰安婦はいただろ。
――――――――
■1.米軍がレポートする慰安婦の実態■
米軍情報部は、北ビルマの慰安所で収容された慰安婦からの聞き取りをもとに、以下のような報告書を残している。
女性たちは経営主が、600円前後の前借金を親に払って、その債務を慰安所での収入で返還している,女性たちの稼ぎは月に1500円前後、兵士の月給は20円前後。
慰安婦たちは、二階建て個室付きの大規模家屋に宿泊して業を営んだ。
・・・・彼女たちの暮らしぶりは、贅沢であった。
慰安婦は接客を断る権利を認められ、負債の弁済を終えた何人かの慰安婦は朝鮮に帰ることを許された。また、ビルマのラングーンで慰安婦をしていた文玉珠さんの手記では、その生活ぶりを次のように語っており、米軍のレポートを裏付けている。
支那マーケットにいって買物した。ワ二皮のハンドバッグと靴を買い母のためにもなにか買った。将校さんに連れられてジープに乗って、ぺグーの涅槃像をみに行った。ちなみに文玉珠さんは、平成4年に日本の郵便局を訪れ、当時貯めた2万 6145円の貯金返還の訴訟を起こして敗れている。千円もあれば故郷に家が一軒買えると体験記で述べているが、現在の貨幣価値なら、4〜5千万円程度の金額を、3年足らずで貯めたことになる。
――――――――
[7:巨額のカネを稼いだ慰安婦の実態]
平成4年に韓国の元従軍慰安婦の文玉珠が起こした、「戦時郵便貯金の払い戻し請求訴訟」別名下関裁判というのをご存じですか?。
彼女は戦時中にビルマで従軍慰安婦をして貯めた26,245円を郵便貯金にしていましたが、後にその中から5,000円を朝鮮の実家に送り、敗戦後の混乱の中で預金通帳を紛失してしまい、昭和40年に預金は失効しました。それを27年後の平成4年になって預金の払い戻しを国に要求したのです。勿論元慰安婦個人ができる裁判ではありません。そこには例によって元従軍慰安婦を「だし」に使い日本の威信失墜を図る反日左翼主義者たちが裁判の筋書きを書き、彼女はそれに原告として利用されただけでした。戦時中の大卒の初任給が100円から150円の時代に26,000円の貯金とは、その金があれば当時東京でも家が何軒も買えた大金でした。
裁判の過程で明らかにされたことは、彼女が僅か2年半の間にこのカネを稼いだということでした。つまり30か月で2万6千円を貯金したので、毎月870円も貯金したことになります。大東亜戦争陸軍給与令(昭和18年)によれば、最下級の2等兵の月給は7円50銭で、下士官である軍曹が23円〜30円、戦地手当を含めると約2倍になったので、当時の兵士の収入を平均すると月額30円程度でした。彼女はその30倍も稼いだわけです。それだけではありません、陸軍中将の年俸でも5,800円でしたから、彼女は在ビルマ日本軍最高指揮官よりも、多く稼いでいたことになります。
――――――――
1992年の証言
(毎日新聞より)
文さんの話では、1942年、18歳の時に釜山から百―百五十人の若い女性と共にヤンゴン(ラングーン)に連れていかれ、日本軍人の相手をさせられた。歌が上手だったことから宴会にも呼ばれ、もらったチップを野戦郵便局に「文原吉子」名義で貯金していた。
――――――――
どうみても「荒稼ぎ」しているだろ。
これを「荒稼ぎ」と言わずに何と言う?
文玉珠は、贅沢品を消費しながら、2〜3年間で2万6145円軍事郵便貯金し、うち5千円を大邱の家族に送金していた。
※当時の貨幣価値
・総理大臣月給 800円(東条英機) ・陸軍大将月給 550円 ・一般日本兵月給 15〜25円
━━━━━━絶対に越えられない壁━━━━━━
・慰安婦の月収 1000円〜2000円(アメリカ軍の調書)
・元慰安婦、文玉珠の2年3ヶ月の郵便貯金 26145円…
26145円(現在の貨幣価値で約6000万円)を約2年で貯金した売春婦
これは メッセージ 37022 (maximirion さん)への返信です.