南京事件の原因について②
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2011/08/10 06:28 投稿番号: [36519 / 41162]
前述したように
日本軍には、すくなくとも
中国兵捕虜に対しては
他国の兵士のような処置は不要であるという差別意識が根付いていた。
さらに 念頭に置くべきことは、日中戦争が全面化し始めたとき、
日本軍部は、これを 「戦争」ではなく 「事変」であるから
戦時国際法は適用しなくてもよい、と 決定していたことだ。
支那駐屯軍が華北で総攻撃を開始した直後の 1937年8月5日付、
陸支密第198号 支那駐屯軍参謀長宛 陸軍次官通牒
「交戦法規ノ適用ニ関スル件」には、次のように 示されている。
現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
「陸戦ノ法規ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約」ノ
具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ
戦線が華北のみならず 中国全土に拡大し、各方面で日中両軍が
総力戦に突入して全面戦争となったにもかかわらず、日本軍部は
国際社会からの非難と制裁を恐れ、戦争とは呼ばず事変と称した。
「戦争」でなければ、当然ながら 戦時法は 適用できない。
さらに、「日支全面戦ヲ相手側ニ先ンジテ決心セリト見ラルル如キ言動、
例ヘバ戦利品、俘虜等ヘノ名称ノ使用」などは 「つとめて避けよ」
と指示している。
つまり、戦利品や俘虜という戦時用語は使用するな、と命じたのだ。
あくまでも「事変」であり 戦争ではないと 一方的に断定すれば
中国兵は 国際法上の捕虜として処遇しなくともよいことになる。
こうした軍中央部の方針は、ただちに 現地軍に伝えられた。
「他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁」する必要はない、
「之レヲ殺害」しても「問題トナルコト無シ」と侮蔑していた中国兵を、
わざわざ収監したり 護送したりするなどの面倒な手間はいらなかった。
しかも、陸戦法規を気にする必要はない と指示されたのだ。
日本軍から 国際法に基づく人道的扱いなどが消えたのは 当然だった。
虐殺の背景として、まず 第1には、このような 中国人への蔑視と
国際法を無視したことによる 人権感覚の喪失があった と言える。
第二に、日本軍には 補給確保の軽視という 戦略上の欠点があった。
この欠陥は後に、太平洋戦争でも 兵士の大量餓死発生の要因となる。
もともと補給軽視の体質の上に、対中戦争を「事変」鎮圧で済ませよう
とした日本軍には 長期的戦略はなく、給養の備えは 不十分だった。
物資補給は、もっぱら「現地調達」に頼るほかなく、必然的に
「徴発」という名目による 現地人民からの略奪、強盗頻発を招いた。
そして 補給途絶は、自軍兵士の給養欠乏という深刻な事態とともに、
予想を超える多数の中国人捕虜の収容を 困難なものにしてしまった。
日本軍の包囲戦により、南京城内及び周辺地域には 少なくとも
10万人程度の中国兵が逃げ遅れ、投降した と推定される。
これに対し 日本軍側には、捕虜収容の用意は まったくなかった。
給養の点に窮乏し 困り果てた日本軍にとって 残された手段は、
捕らえた中国人俘虜を 大量に「処分」することだった。
これを 裏付ける資料としては、
大量の捕虜の処置に窮し、上級司令部が殺害を命じたという証言がある。
他国の兵士のような処置は不要であるという差別意識が根付いていた。
さらに 念頭に置くべきことは、日中戦争が全面化し始めたとき、
日本軍部は、これを 「戦争」ではなく 「事変」であるから
戦時国際法は適用しなくてもよい、と 決定していたことだ。
支那駐屯軍が華北で総攻撃を開始した直後の 1937年8月5日付、
陸支密第198号 支那駐屯軍参謀長宛 陸軍次官通牒
「交戦法規ノ適用ニ関スル件」には、次のように 示されている。
現下ノ情勢ニ於テ帝国ハ対支全面戦争ヲ為シアラザルヲ以テ
「陸戦ノ法規ニ関スル条約其ノ他交戦法規ニ関スル諸条約」ノ
具体的事項ヲ悉ク適用シテ行動スルコトハ適当ナラズ
戦線が華北のみならず 中国全土に拡大し、各方面で日中両軍が
総力戦に突入して全面戦争となったにもかかわらず、日本軍部は
国際社会からの非難と制裁を恐れ、戦争とは呼ばず事変と称した。
「戦争」でなければ、当然ながら 戦時法は 適用できない。
さらに、「日支全面戦ヲ相手側ニ先ンジテ決心セリト見ラルル如キ言動、
例ヘバ戦利品、俘虜等ヘノ名称ノ使用」などは 「つとめて避けよ」
と指示している。
つまり、戦利品や俘虜という戦時用語は使用するな、と命じたのだ。
あくまでも「事変」であり 戦争ではないと 一方的に断定すれば
中国兵は 国際法上の捕虜として処遇しなくともよいことになる。
こうした軍中央部の方針は、ただちに 現地軍に伝えられた。
「他列国人ニ対スル如ク必ズシモ之レヲ後送監禁」する必要はない、
「之レヲ殺害」しても「問題トナルコト無シ」と侮蔑していた中国兵を、
わざわざ収監したり 護送したりするなどの面倒な手間はいらなかった。
しかも、陸戦法規を気にする必要はない と指示されたのだ。
日本軍から 国際法に基づく人道的扱いなどが消えたのは 当然だった。
虐殺の背景として、まず 第1には、このような 中国人への蔑視と
国際法を無視したことによる 人権感覚の喪失があった と言える。
第二に、日本軍には 補給確保の軽視という 戦略上の欠点があった。
この欠陥は後に、太平洋戦争でも 兵士の大量餓死発生の要因となる。
もともと補給軽視の体質の上に、対中戦争を「事変」鎮圧で済ませよう
とした日本軍には 長期的戦略はなく、給養の備えは 不十分だった。
物資補給は、もっぱら「現地調達」に頼るほかなく、必然的に
「徴発」という名目による 現地人民からの略奪、強盗頻発を招いた。
そして 補給途絶は、自軍兵士の給養欠乏という深刻な事態とともに、
予想を超える多数の中国人捕虜の収容を 困難なものにしてしまった。
日本軍の包囲戦により、南京城内及び周辺地域には 少なくとも
10万人程度の中国兵が逃げ遅れ、投降した と推定される。
これに対し 日本軍側には、捕虜収容の用意は まったくなかった。
給養の点に窮乏し 困り果てた日本軍にとって 残された手段は、
捕らえた中国人俘虜を 大量に「処分」することだった。
これを 裏付ける資料としては、
大量の捕虜の処置に窮し、上級司令部が殺害を命じたという証言がある。
これは メッセージ 36518 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.