南京虐殺事件に関する考察(8)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2009/12/23 08:42 投稿番号: [30320 / 41162]
第13師団山砲兵第19聯隊の第111大隊・大隊段列、
大隊段列というのは
輸送部隊のことだ。
その上等兵であった人物の当時の日記を見てみよう。
12月16日午后一時、
「我が段列より二十名は残兵掃蕩の目的にて、幕府山方面に向かう」
「二、三日前、捕虜にせし支那兵の一部五千名を揚子江の沿岸に連れ出し
機関銃を以て射殺す」。機関銃で殺したとあるから、かなり具体的だ。
このときに、前述の将校の日記によると、向こう側の日本兵に当たり、
日本側にも死者が出るという「大失態」に見舞われた。
「その后、銃剣にて思う存分に突刺す」
「自分もこの時ばかりと、憎き支那兵を三十人も突刺した」
この人物は、先ほどの伍長と違い、あまり痛ましいとは思っていない。
この時とばかりに
思い切り突刺した、と書いている。
「山となって居る死人の上をあがって突き刺す気持は、
鬼をもひしがん勇気が出て、力いっぱいに突き刺したり」
「うーんうーんとうめく支那兵の声。年寄りも居れば、子供を居る」
これは
解釈が少しばかり難しいところだ。
「年寄りと子供」と言っているが、兵隊にしては年寄り・子供なのか、
それとも
本当に
年寄りと子供なのか、どちらにも取れる。
「一人残らず殺す。刀を借りて、首をも切って見た」
「こんな事は今まで中にない珍らしい出来事であった」
「帰りし時は午后八時となり、腕は相当つかれて居た」
と書いているところを見ると、相当数を殺したことが分かる。
この上等兵は
先ほどの伍長と違って、良心の呵責がなかったらしい。
大いにやったという、高揚感を表して興奮気味に書いている。
この人物は
まさに現場で、最後に止めを刺したと語っている。
これが虐殺の現場にいて、実際に事を行った者の記録だ。
以上の日記は、同じ師団で、同じ事件について記したものだが、
記録者の立場が違い、将校と下士官と兵隊の3段階で、
命令する者、現場を監督する者、そして実際に手を下す者だ。
どの段階でも
こういう日記が残っているということは、
まったく
否定の余地がない
ということだ。
詳細に見ると
少しずつ数が違っていたりすることはあるが、
数千人を一つの単位として、機関銃で殺害したということは分かる。
どう解釈しても、虐殺がなかったとは
およそ言えない。
こんなにみんなが揃って
幻を見ていることは
あり得ないことだ。
しかも
実際に手を下した人間が証言しているのだから。
これは メッセージ 30319 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/fn5febg5tbba6a1a6bdbe730v0bix6afc0a9oa29ta4n13_1/30320.html