南京虐殺事件に関する考察(6)
投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2009/12/23 08:39 投稿番号: [30318 / 41162]
同じ事件について、一人の記述だけでなく
別の記述と比べてみよう。
第13師団歩兵第65聯隊第8中隊の少尉の日記を挙げておきたい。
この人物は
先ほどの少尉とは中隊が違うので、
同じ現場でも、少し違う作業を
やっていた可能性もある。
12月16日、先ほどの少尉の日記で
火事があったという日だ。
「定刻起床、午前九時三十分より一時間砲台見学に赴く」
もう戦闘は終わっている
ということが分かる。
「午後零時三十分、捕虜収容所火災の為出動を命ぜられ、同三時帰還す」
「同所において、朝日記者横田氏に逢い、一般情勢を聴く」とある。
やはり、現場には新聞記者もいたようだ。
「捕虜総数一万七千二十五名、夕刻より軍命令により捕虜の
三分の一を江岸に引出し、I(=第一大隊)において射殺す」
この日記を見ると、捕虜の数が17,025名だ
としている。
その3分の1を
軍命令で射殺せよということになったという。
どうして
こんなことになってしまったのか。
さきに
火事が起こって収容が困難になったということが出てきたが、
このあとに
「一日二合宛給養するに百俵を要し、兵自身徴発により
給養し居る今日、到底不可能事にして、軍より適当に処分すべしとの
命令ありたりものの如し」
とある。
要するに、兵隊自身も
自ら食べ物を徴発している状態だから、
ましてや捕虜に与える食料はないから、「適当に処分すべし」
という命令が出た、と言うのだ。
12月17日、「幕府山頂警備の為、午前七時兵九名を差し出す」
幕府山というのは、日本側が適当に付けて呼んでいる名前らしい。
命令されて、警備のためにこの中隊からも兵を出したということだ。
「南京入城式参加の為、十三Dを代表して、Rより兵を堵列せしめらる」
十三Dとは
第13大隊、Rとは聯隊、つまり第65聯隊を意味する。
堵列というのは、銃剣を持って
ずらっと並ぶことだ。
「午前八時より小隊より兵十名と共に出発、和平門より入城」
「国民政府道路上にて軍司令官松井閣下の閲兵を受く」
この人物も
入城式に参加したわけだ。
「帰舎午後五時三十分、宿舎より式場間で三里あり、疲労す」。
宿舎に帰るのに時間がかかって疲れたらしい。
つづいて「夜、捕虜残余一万余処刑の為、兵五名差出す」とある。
第8中隊からも捕虜1万余を殺すために
兵を出したのだ。
これは メッセージ 30317 (wadatumi_voice21 さん)への返信です.
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