南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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南京虐殺事件に関する考察(2)

投稿者: wadatumi_voice21 投稿日時: 2009/12/23 08:16 投稿番号: [30314 / 41162]
南京虐殺に関しては   様々な否定論があるが、
なぜ   こんなに   否定論が出てくるのか。
それは、犠牲者の数などが何人なのかが   はっきりしないなど、
どうしても   曖昧な部分があるからだ。
日本軍兵士の証言では、遺体を大量に   揚子江に流したという。
これでは、調べようにも   調べようがない。

南京で亡くなった人は、そこで遺体が確認されて埋葬記録が残る。
ところが、戦闘で亡くなったのか、虐殺なのか、その区別は難しい。
そして   南京は揚子江に面しているため、虐殺された人の遺体は
多くが証拠隠滅のため、組織的に   河に流されてしまったという。
そのため、その数は   正確に掴めないのが実情なのだ。

数がはっきりしないからと言って   虐殺は無かった、とはならない。
犠牲者の数がはっきりしないというのは、どんな戦争でもあることだ。
例えば   沖縄戦の犠牲者数も   正確には判らない。
なぜなら、戸籍まで焼かれてしまったからだ。
沖縄の「平和の礎」には、氏名が刻まれている人もいるし、
名前が判らず「誰々の子」とだけ書かれている人もいる。
犠牲者数が正確には判らないというのは、むしろ普通のことだ。

指摘しておきたいことは、現場で、そこに居た人が何を見たのか、
ということだ。   これは   非常に大事なことだと思う。
当時、南京大虐殺の現場を   多くの日本人が   見ているはずだ。
当然そこには   多くの日本兵が   参加している。

当時、軍人が残した日記の中には、しばしば新聞記者が出てくる。
したがって、新聞記者が現場にいて状況を見ていたことは確かだ。
しかし、戦争と言論の統制というのはセットになっていて、
そこで見たことを、新聞記者は   そのまま書けなかった。
記事にしても採用されないわけだから、最初から記事にしない。

当時の南京の地図を調べてみると、この都市は   揚子江に面し、
日本軍は   これを   南、東、そして揚子江の北側からも侵攻し、
まさに   南京を「包囲する形」で布陣していたことが分かる。
それで、最初に日記を残しているのは、第16師団だった。
第16師団は   京都の師団であり、南京の東方から侵攻した。
この師団長が   詳しい日記を残しているので後述したい。
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