東京裁判は冤罪
投稿者: giro_tama 投稿日時: 2004/08/27 20:34 投稿番号: [2711 / 41162]
ハンキー卿 (イギリス・国際法学者)
「未来に対して、きわめて重要な裁判を行う法廷を偏見の度合いの少ない連合国の構成国、もしくは、公正な中立国の判事を参加せせずに戦争の矢おもてに立った連合国の構成国の指名した判事だけで構成することに決定したことは果たして正しく賢明であっただろうか。我々はいま少しで負けるところだった。かりに負けたとしたなら我々は日、独、伊3国だけによる裁判に納得したであろううか。」(「戦犯裁判の錯誤」より)
リチャード・マイニア(アメリカ・マサチューセッツ大学教授)
「11名の裁判官は戦勝国の国民という点で不適格であった。すなわち彼らは法廷に持ち出された事実に前もって関係していた判事。(オーストラリアのウエップ判事とフィリピンのハラニーヨ判事)必要な言葉、すなわち協定用語である英語と日本語がわからない判事。(ソ連のザリヤノフ判事とフランスのベルナール判事)また本来裁判官でない判事。(中国の梅汝敖判事)この不適格な5名は全員が多数決を支持した…。」(「勝者の裁き=戦争裁判・戦争責任とは何か」より)
クヌート・イプセン(ドイツ・ルール大学教授)
「平和に対する罪(侵攻戦争を行った罪)を裁く東京裁判の管轄権は、その当時有効であった国際法に基づくものではなかった。裁判所条例は事後立法を含んでいて、東京裁判自体より“一般的な正義の原則”と認められていた罪刑法定主義には相いれないものだった。大多数の國は現在でも国際法上の犯罪に対する個人責任を認める用意ができていない。」(昭和58年5月28日「東京裁判・国際シンポジウム」より)
B・V・A・レーニング(オランダ・東京裁判のオランダ代表判事)
「一例をあげると、中国における共産主義の脅威があった事を立証する機会を与えてほしいとの求めが被告側から出されました。そうした脅威があった為に日本は行動を起こしたと立証しようとしたのですね。ドイツの場合はヨーロッパ大陸での大国になろうとして戦争に突入していったのですが、日本は、これと違います。結局、裁判では立証の機会は認められませんでしたがアンフェア(不公正)だったと思っています。」(昭和58年6月1日「東京新聞}より)
これは メッセージ 2704 (oityantyan さん)への返信です.
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