Re: 論点は交戦者資格のない敵対者の処遇
投稿者: nmwgip 投稿日時: 2007/01/16 01:08 投稿番号: [15948 / 41162]
(続き)
但し、このことは第一追加議定書が1937年の南京戦に適用されるということではない。第一追加議定書は非正規軍の交戦者資格から制服・徽章の着用義務を初めて免除し、ゲリラの権利を大幅に拡大している。
第一追加議定書とそれ以前の交戦法規には断絶があると表現しても差し支えないほどだが、このゲリラ擁護の第一追加議定書においてすら、公然と武器を携行することを要求し、また制服着用を国際慣行としている、という意味だ。
第一追加議定書において「すら」、と強調している意味も分からず、1937年の南京戦に1977年の第一追加議定書を平気で遡及適用しようとする頓馬もいたが、そのような曲解は許されないと釘を刺しておく。
また別の者は、既に中国軍の敵対行為は終わっていたと主張する。
だが、敵軍に投降せず、逃亡・潜伏を続けている兵士は、依然として敵対行為を継続中だ。反撃しなければ敵対していないという屁理屈が通用するなら、逃亡する敗残兵を攻撃する全ての追撃戦まで交戦法規違反という馬鹿げた結論に至ってしまう。
南京に潜伏した便衣兵は、これから日本軍を攻撃しようと準備している「便衣隊」ではなく、防衛軍として実際に戦火を交えた後、逃亡中の敗残兵だから、敵対行為を継続中の交戦者資格を有しない者でしかない。
繰り返し指摘しておくが、抵抗から逃亡に移ったからといって、敵対行為が終了する訳ではない。抵抗から逃亡へのどの時点に敵対行為終了時点があるというのか。南京に潜伏した中国兵は日本軍に敵対していなかったという主張は、非現実的としか言いようが無い。
冨士信夫著『「南京大虐殺」はこうして作られた』によれば、弁護側最終弁論として引用されている部分は、俘虜の組織的な鏖殺拷問等無かった、と主張されている部分だ。『日本側が便衣兵に関してどのような取扱が「適正」であり国際的に通用する弁護になるかを想定していた』かを説明するものなどではない。
また、日本軍が一般に人道的な対応をとっていたからといって、捕虜となる権利の無い者を捕虜としなかったことが違法であるということにはならない。
日本軍の人道的対応をもって国際慣習法が成立していたというなら、1932年の第一次上海事変においても、1937年の日支事変においても、便衣兵は状況が許す限り捕虜として収容するが、軍事的に急迫した必要性がある場合はこれを即時処分するという対応で一貫していたから、軍事的必要性のない限り便衣兵であろうと捕虜とすべきだが、軍事的必要性が認められる場合は便衣兵を即時処分することが許される、という結論にしかならない。
交戦者資格を有しない敵対者を捕虜としなければならない義務は当時存在しなかった、という点は何度言及しても強調し過ぎということはないだろう。
但し、このことは第一追加議定書が1937年の南京戦に適用されるということではない。第一追加議定書は非正規軍の交戦者資格から制服・徽章の着用義務を初めて免除し、ゲリラの権利を大幅に拡大している。
第一追加議定書とそれ以前の交戦法規には断絶があると表現しても差し支えないほどだが、このゲリラ擁護の第一追加議定書においてすら、公然と武器を携行することを要求し、また制服着用を国際慣行としている、という意味だ。
第一追加議定書において「すら」、と強調している意味も分からず、1937年の南京戦に1977年の第一追加議定書を平気で遡及適用しようとする頓馬もいたが、そのような曲解は許されないと釘を刺しておく。
また別の者は、既に中国軍の敵対行為は終わっていたと主張する。
だが、敵軍に投降せず、逃亡・潜伏を続けている兵士は、依然として敵対行為を継続中だ。反撃しなければ敵対していないという屁理屈が通用するなら、逃亡する敗残兵を攻撃する全ての追撃戦まで交戦法規違反という馬鹿げた結論に至ってしまう。
南京に潜伏した便衣兵は、これから日本軍を攻撃しようと準備している「便衣隊」ではなく、防衛軍として実際に戦火を交えた後、逃亡中の敗残兵だから、敵対行為を継続中の交戦者資格を有しない者でしかない。
繰り返し指摘しておくが、抵抗から逃亡に移ったからといって、敵対行為が終了する訳ではない。抵抗から逃亡へのどの時点に敵対行為終了時点があるというのか。南京に潜伏した中国兵は日本軍に敵対していなかったという主張は、非現実的としか言いようが無い。
冨士信夫著『「南京大虐殺」はこうして作られた』によれば、弁護側最終弁論として引用されている部分は、俘虜の組織的な鏖殺拷問等無かった、と主張されている部分だ。『日本側が便衣兵に関してどのような取扱が「適正」であり国際的に通用する弁護になるかを想定していた』かを説明するものなどではない。
また、日本軍が一般に人道的な対応をとっていたからといって、捕虜となる権利の無い者を捕虜としなかったことが違法であるということにはならない。
日本軍の人道的対応をもって国際慣習法が成立していたというなら、1932年の第一次上海事変においても、1937年の日支事変においても、便衣兵は状況が許す限り捕虜として収容するが、軍事的に急迫した必要性がある場合はこれを即時処分するという対応で一貫していたから、軍事的必要性のない限り便衣兵であろうと捕虜とすべきだが、軍事的必要性が認められる場合は便衣兵を即時処分することが許される、という結論にしかならない。
交戦者資格を有しない敵対者を捕虜としなければならない義務は当時存在しなかった、という点は何度言及しても強調し過ぎということはないだろう。
これは メッセージ 15947 (nmwgip さん)への返信です.