>1930年「中国政府中央政治会議は、…
投稿者: sinagakusya_sinologist 投稿日時: 2006/12/29 02:11 投稿番号: [15686 / 41162]
その「1930年に當時の中華民國中央政治會議が大日本帝國に對して出した要請」は、1999年5月7日付け「人民日報」の論説記事「“支那”源流考(“Zhina” Yuanliukao,『しな』ぐゑんりうかう)」で引用されたものでしょう。
書き手は「倪建周(Ni Jianzhou)」、「冬明(Dong Ming)」とあります。ただ、私が知る限り、紙面でも肩書きが書かれておらず、この新聞の記者かどうか不明です。
http://www.wanfangdata.com.cn/qikan/periodical.articles/kjwc/kjwc99/kjwc9909/990994.htm
>到1930年,当時的中華民国中央政治会議通過了一項决議,
>并由当時的中国国民政府外交部照会日本政府。
>决議説,“中国政府中央政治会議鑑于日本政府及其人民以‘支那’一詞称呼中国,
>而日本政府致中国政府的正式公文,亦称中国為‘大支那共和国’,
>認為‘支那’一詞意義極不明顕,与現在之中国毫无関系,
>故敦促外交部須从速要求日本政府,今后称呼‘中国’,
>英文須写 National Republic of China,
>中文須写大中華民国。
>儻若日方公文使用“支那”之類的文字,中国外交部可断然拒絶接受。
(原文の簡體字はそのまま引用し、日本の電腦網で表示不能の漢字については、日本の現行の字體に改めました。また、網頁上で“Repubic”とある箇所はここの引用で Republic に直しました。)
しかしながら、もし、この當時(1930年)の支那からの要請が、この1999年の「“支那”源流考」で述べられたとおりだとすると、日本社會が拒絶したのは當然です。
日本語譯での引用でもあるように、'99年の「人民日報」によればこの要請は
>英文須寫“National Republic of China”,
>中文須寫“大中華民國”
というもので、對象言語は「英文」と「中文」の兩言語だけ。
相手國である日本の言葉;「日文」でどう書くか一言も言及されていません。
このような文書は日本を英語圏または支那語圏扱いした中華思想の最たるのもで、日本に對して無禮千萬。
そもそもこの要請を作った支那人は「日本政府と日本人民が『支那』を使っていて意味が不明だ」と言いながら、日本政府と人民が使う「日本語」について全く觸れず、結論として日本人民でなく「日本政府」だけに要求をし、しかも「外交文書の文字」だけ、それも「中文」と「英文」だけを對象にしており、論理が破綻しています。
日本人が支那を「支那」と呼んだのは「英語」でも「支那語」でもなく「日本語」の中での話で、しかも問題は「文字」以前に「言葉」なのですから。
ここで引用した要請だけ見れば、日本社會の一般人に對し「支那」の言い方を改めろなどと命ずる根據は出て來ませんし、むしろ、公式文書だけでも言うとおりにした當時の日本政府は寛大です。
本當に1930年當時の支那代表がこんな見當違いな要請をしたのか疑問です。
もしかすると、「中文須寫」は69年の歳月を經た後で「人民日報」の記者(または書き手2名?)が無意識におこなった脚色かもしれませんが、ここでは、敢えて1930年當時もこの記事のとおりだったと假定して話を進めます。
そうなると、支那人が日本語の「支那」を嫌がるのは彼らが日本語を知らないだけの話で、それも支那人が「日本人の使っている言葉が『日本語』であること」すら知らないこと、また「文字」と「言葉」を區別できないことに原因があるということになります。
(續く)
書き手は「倪建周(Ni Jianzhou)」、「冬明(Dong Ming)」とあります。ただ、私が知る限り、紙面でも肩書きが書かれておらず、この新聞の記者かどうか不明です。
http://www.wanfangdata.com.cn/qikan/periodical.articles/kjwc/kjwc99/kjwc9909/990994.htm
>到1930年,当時的中華民国中央政治会議通過了一項决議,
>并由当時的中国国民政府外交部照会日本政府。
>决議説,“中国政府中央政治会議鑑于日本政府及其人民以‘支那’一詞称呼中国,
>而日本政府致中国政府的正式公文,亦称中国為‘大支那共和国’,
>認為‘支那’一詞意義極不明顕,与現在之中国毫无関系,
>故敦促外交部須从速要求日本政府,今后称呼‘中国’,
>英文須写 National Republic of China,
>中文須写大中華民国。
>儻若日方公文使用“支那”之類的文字,中国外交部可断然拒絶接受。
(原文の簡體字はそのまま引用し、日本の電腦網で表示不能の漢字については、日本の現行の字體に改めました。また、網頁上で“Repubic”とある箇所はここの引用で Republic に直しました。)
しかしながら、もし、この當時(1930年)の支那からの要請が、この1999年の「“支那”源流考」で述べられたとおりだとすると、日本社會が拒絶したのは當然です。
日本語譯での引用でもあるように、'99年の「人民日報」によればこの要請は
>英文須寫“National Republic of China”,
>中文須寫“大中華民國”
というもので、對象言語は「英文」と「中文」の兩言語だけ。
相手國である日本の言葉;「日文」でどう書くか一言も言及されていません。
このような文書は日本を英語圏または支那語圏扱いした中華思想の最たるのもで、日本に對して無禮千萬。
そもそもこの要請を作った支那人は「日本政府と日本人民が『支那』を使っていて意味が不明だ」と言いながら、日本政府と人民が使う「日本語」について全く觸れず、結論として日本人民でなく「日本政府」だけに要求をし、しかも「外交文書の文字」だけ、それも「中文」と「英文」だけを對象にしており、論理が破綻しています。
日本人が支那を「支那」と呼んだのは「英語」でも「支那語」でもなく「日本語」の中での話で、しかも問題は「文字」以前に「言葉」なのですから。
ここで引用した要請だけ見れば、日本社會の一般人に對し「支那」の言い方を改めろなどと命ずる根據は出て來ませんし、むしろ、公式文書だけでも言うとおりにした當時の日本政府は寛大です。
本當に1930年當時の支那代表がこんな見當違いな要請をしたのか疑問です。
もしかすると、「中文須寫」は69年の歳月を經た後で「人民日報」の記者(または書き手2名?)が無意識におこなった脚色かもしれませんが、ここでは、敢えて1930年當時もこの記事のとおりだったと假定して話を進めます。
そうなると、支那人が日本語の「支那」を嫌がるのは彼らが日本語を知らないだけの話で、それも支那人が「日本人の使っている言葉が『日本語』であること」すら知らないこと、また「文字」と「言葉」を區別できないことに原因があるということになります。
(續く)
これは メッセージ 15569 (T_Ohtaguro さん)への返信です.