齋藤豊仙は宝島と隠岐島間に国境線を・・
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/06/23 19:16 投稿番号: [8489 / 9207]
⑤ 子(北)より卯(東)に至りては、往くべき地は無し
⑥ 戌亥(北西)の間、行2日1夜行けば、松島(現在の竹島)がある。
⑦ また一日ほどの程で竹島(現在の鬱陵島)がある。
⑧ これは俗に言う磯竹島のことである。
竹や魚・海驢(あしか)が多い。按ずるに、神書の所謂五十猛歟。
(按ずる=考えをめぐらす。調査する)
⑨ この2島、無人の地である。高麗(朝鮮)を見ること雲州より隠州を望むがごとし。
⑩ 然からば即ち、日本の乾(北西)の地、此の州を以て限りと為す。
齋藤豊仙は、北海の中にある隠岐島が、隠岐島から東西南北、それぞれの方向にある日本の領地まで、どれだけの位置にあるかを記述しているー引用ー
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北、東には行くべき地(島)も無い大海原、北西に行けば行くべき地(島)がありその島は磯竹島、松島と呼ぶ、2島は無人島でさかな、竹が沢山獲れる、ここで磯竹島、松島と日本名がついていますね、無人島に固有名詞がつけばそれは日本が発見した事に成り、無主地先占が成立します、その無人島宝島と隠岐島の中間に国境線を引くバカはいませんよ、だから此の洲とは磯竹島と解釈するのは極々自然でしょうね、それに2島は1618年以来、幕府の直轄地ですよ
これは メッセージ 8488 (ninnikumanx さん)への返信です.
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