鳥取藩管理まかせで判別不明瞭となり
投稿者: ninnikumanx 投稿日時: 2007/06/23 00:48 投稿番号: [8488 / 9207]
コメント:幕府は、竹島(鬱陵島)と松島(竹島=独島)が日本領でないことは下記のようなプロセスで確認しました。
http://www.han.org/a/half-moon/hm095.html#No.6981
老中・阿部豊後守は鳥取藩にたいし一七か条からなる質問「御尋の御書
付」を問い合わせた。そのなかで注目される質問は「因州 伯州え付候竹嶋は
いつの此より両国え附属候哉」「竹嶋の外両国え附属の嶋有之候哉」の二点で
ある。幕府は、竹島が鳥取藩付属であると思いこんでいたようである。
幕府の質問に対して鳥取藩は「竹嶋は因幡 伯耆附属ニては(ママ)無御
座候」「竹嶋松嶋其外両国え付属の嶋 無御座候」と明言し、竹島、松島は自
藩領ではないと回答した。
この公文書ゆえに明治時代、内務省や太政官が松島(竹島=独島)を日本の版図外と決定しました。ー引用ー
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1618年竹島への幕府渡海免許は、其の時点では幕府の管轄の認識でした、
それから77年、月日が経つ1695年、世代も代わって、幕府は鳥取藩に管理をまかせていたせいもあって、鳥取藩領地なのか幕府領地なのか判別不明瞭になりました、その確認の為、幕府は鳥取藩に「おたづね書」を出したのです、鳥取藩は渡海免許をだしておる幕府領地の認識でしたので、自藩のものにあらずと返書を出しました、よって
ここであらためて幕府領地だと幕府も再確認出来たのです、
これは メッセージ 8486 (ninnikumanx さん)への返信です.
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