★「竹島」は日本固有の領土です

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3 竹島領有権問題について 石破 茂

投稿者: archiver_mag2001 投稿日時: 2006/05/17 14:12 投稿番号: [7164 / 9207]
【いわゆる「竹島一件」について】
  1618年以来、米子の大谷(おおや)家と村上家が交互に鬱陵島において漁や採取を行っていたが、その年村上家が鬱陵島に近づいた時、何者かが漁をしている痕跡を発見し、朝鮮の漁民と遭遇。村上家は、日本領土である鬱陵島に二度と来ないよう申し渡したが、翌1693年に今度は大谷家が安龍福(アン・ヨンボク)と朴於屯(パク・オトン)と名乗る2名を含む朝鮮人が漁をしているのを発見し、鳥取藩に訴えるため両名を証人として米子に連れ帰り、両名は鳥取城下に移送された。
  鳥取藩から裁定を求められた江戸幕府は、この2名に鬱陵島渡航を厳禁した上、長崎へ移送。当時朝鮮外交を所管していた対馬藩がこれを引き継ぎ、鬱陵島への渡海禁止の周知徹底を朝鮮王朝に強く求め、同王朝も2名を罪人として厳罰に処すこととした。
  鬱陵島の領有自体に関しては、対馬藩主の病没というアクシデントもあり、1695年新藩主の参勤交代を機に、鬱陵島を朝鮮領として認めることによる交渉打ち切りを幕府に打診。これを受けて幕府は翌1696年、鳥取藩に鬱陵島への渡海禁止令を発し、対馬藩には鬱陵島の朝鮮領を認める趣旨を伝達した。ここまでは全て当時の「竹島」、すなわち現在の鬱陵島のことである。
  1696年、安龍福は隠岐島を経由して現在の鳥取県赤碕に来航、移送先の鳥取藩において「鬱陵于山両島監税」なる官職を僭称し、当時の「松島」(安の主張によれば「于山島」)すなわち現在の竹島も朝鮮領であることを鳥取藩に認めさせる目的で来訪した旨主張した。鳥取藩はこれを追放したが、朝鮮に帰国後の取り調べにおいて安は「松島は于山島のことであり朝鮮領だということを鳥取藩主に認めさせた」と供述した。
  しかしその供述は史実に照らして以下の如くに虚偽が多く、信用性に欠けるものと言わざるをえない。曰く、
・ 「隠岐島へ上陸前に鬱陵島へ寄り、多くの日本人を発見して『ここは朝鮮領である』と叱責した」
→   1696年頭に江戸幕府は鬱陵島渡海を禁じているので、多くの日本人に遭遇したはずはない
・ 「鳥取藩主と対面した」
→   1696年、鳥取藩主は参勤交代で江戸に上っており、その後帰鳥したものの、事実上対面できたはずがない
・ 「対馬藩主が鬱陵島と竹島を朝鮮領とした将軍家の書き付けを奪った」
→   対馬藩主も交代直後で江戸に上っており、対面できたはずがない
  韓国では現在、この安龍福を「独島を守った安龍福将軍」として英雄視し、竹島を韓国領とする主張の有力な根拠としているが、安はもともと朝鮮王朝が採っていた「空島政策」(鬱陵島に居住することを禁止する政策)を侵した罪人(結局死罪は免れ流刑された)であり、罪を免れるため行った裏付けに欠ける証言をもって「于山島=独島(トクト)=朝鮮領」とするのは根拠薄弱。
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