御前会議じゃなくても大丈夫だぞ
投稿者: drawer_chest 投稿日時: 2005/02/28 22:11 投稿番号: [135 / 9207]
明治時代に入って、隠岐の島民が竹島でアシカ漁等に従事するようになり、乱獲を取り締まるため日本政府は1905年、竹島を島根県隠岐島司の所管に入れることを決定した。それに基づき、2月22日付の島根県告示第40号をもって、その内容を公示している。これをもって、第二次大戦に至るまで竹島の支配を実効的に継続したことになる。この後竹島は、隠岐島の官有地台帳に登録され島根県が管理したが、第二次大戦後は大蔵省に移管、中国財務局松江財務部所管の国有財産となり、現在に至る。竹島のアシカ漁業は、竹島の領土編入と同時に許可制がとられ、第二次大戦が勃発するまで免許者から毎年竹島の土地使用料が国庫に納入されていた。現在は、1953 年に島根県が設定した漁業権があり、隠岐島漁業協同組合連合会が第一種共同漁業権を持つ。これは竹島の周囲500メートル以内の海域における漁業権で、1954年5月まで、アワビ、サザエ、ワカメ、イワノリ等が隠岐島漁民により採取されていた。
これは メッセージ 132 (pu_pu_pu_onpu さん)への返信です.
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