Re: 靖国問題
投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/11/15 17:31 投稿番号: [13169 / 17759]
>ごめんなさい。怒るかもしれないのですがあえて言うとね、
>「違憲である」と判断したのは、表を作った人物であり、裁判の
>【判決】では無いのですよ。
怒りゃせんが、呆れるねぇ・・・。
一応、表からリンクを辿れるようになってるのだからして。
軽率に「判決ではない」などと書く前に、もうちっとマジメに熟読してほしいなぁ。
表の大阪高裁(第2次)のところをクリックすると、
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/saikinnanketu05.htm#yasukunioosakakousai 2
さらに判決要旨をクリックすると、
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/oosakakousaiyasukuniyousi.htm
>司法の判断ではっきりと違憲であると【判決】されたら
「本件各参拝は憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる。」
ってのは、判決で言ってることだよ。
すなわち、20条3項違反であり、違憲だってこと。
>公のために死んでいったのだから国が参拝するのは当然
一点目。
大前提として、国は宗教活動をしてはならない。
従って、国が関与するものは無宗教の追悼でなければダメ。
二点目。
戦死した軍人や軍属等の扱いは「公務死」だが、その「公務」の内容は不正なものである。
すなわち、日本がアジア征服を企んで侵略戦争を始め世界に甚大な戦禍をもたらしたこと。
日本の指導層が侵略戦争の計画と遂行を決定したこと。
日本の兵隊が指導層の手先として侵略戦争の破壊と殺戮を各地で実行したこと。
こういう不正を歪曲して美化してはならない。
しかし靖国の「英霊の顕彰」とは、まさにその歪曲であり美化である。
だから靖国はネオナチの同類なのである。
三点目。
「公務死」とは、天皇のために戦って死ぬことであり、「天皇教の殉教者の死」である。
その一方で、天皇の威光に従わない「逆賊」を殺すことは「正義」と位置付けられた。
天皇のための戦いの邪魔になるものを排除したり放棄したりすることも「正義」と位置付けられた。
位置付けられた、は過去形である。
靖国では、それがいまだに現在進行形である。
だから靖国はオウムの同類なのである。
天皇を頂点とする指導層がやらせたこと、兵隊がやったことは、オウムのポアと同じである。
現在の政教分離は、こういうことの反省の上に成り立っているのである。
>公的参拝を廃止して、やがてA級戦犯を英霊として祀る靖国神社
>廃止がきまるとネオナチ・オウムのようなファシズムに日本は
>支配されると考えます。
敗戦までは、靖国神社が強制的な国家宗教(国家神道=天皇教)の元締めとして保護されており、「公のために死んでいったのだから国が参拝するのは当然」という考え方が当たり前のものとして通用していたが。
当時こそファシズムに支配されていたではないか。
靖国は、ネオナチ・オウムの対極にあるものではなく、その同極・同類である。
>「違憲である」と判断したのは、表を作った人物であり、裁判の
>【判決】では無いのですよ。
怒りゃせんが、呆れるねぇ・・・。
一応、表からリンクを辿れるようになってるのだからして。
軽率に「判決ではない」などと書く前に、もうちっとマジメに熟読してほしいなぁ。
表の大阪高裁(第2次)のところをクリックすると、
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/saikinnanketu05.htm#yasukunioosakakousai 2
さらに判決要旨をクリックすると、
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/oosakakousaiyasukuniyousi.htm
>司法の判断ではっきりと違憲であると【判決】されたら
「本件各参拝は憲法20条3項の禁止する宗教的活動に当たると認められる。」
ってのは、判決で言ってることだよ。
すなわち、20条3項違反であり、違憲だってこと。
>公のために死んでいったのだから国が参拝するのは当然
一点目。
大前提として、国は宗教活動をしてはならない。
従って、国が関与するものは無宗教の追悼でなければダメ。
二点目。
戦死した軍人や軍属等の扱いは「公務死」だが、その「公務」の内容は不正なものである。
すなわち、日本がアジア征服を企んで侵略戦争を始め世界に甚大な戦禍をもたらしたこと。
日本の指導層が侵略戦争の計画と遂行を決定したこと。
日本の兵隊が指導層の手先として侵略戦争の破壊と殺戮を各地で実行したこと。
こういう不正を歪曲して美化してはならない。
しかし靖国の「英霊の顕彰」とは、まさにその歪曲であり美化である。
だから靖国はネオナチの同類なのである。
三点目。
「公務死」とは、天皇のために戦って死ぬことであり、「天皇教の殉教者の死」である。
その一方で、天皇の威光に従わない「逆賊」を殺すことは「正義」と位置付けられた。
天皇のための戦いの邪魔になるものを排除したり放棄したりすることも「正義」と位置付けられた。
位置付けられた、は過去形である。
靖国では、それがいまだに現在進行形である。
だから靖国はオウムの同類なのである。
天皇を頂点とする指導層がやらせたこと、兵隊がやったことは、オウムのポアと同じである。
現在の政教分離は、こういうことの反省の上に成り立っているのである。
>公的参拝を廃止して、やがてA級戦犯を英霊として祀る靖国神社
>廃止がきまるとネオナチ・オウムのようなファシズムに日本は
>支配されると考えます。
敗戦までは、靖国神社が強制的な国家宗教(国家神道=天皇教)の元締めとして保護されており、「公のために死んでいったのだから国が参拝するのは当然」という考え方が当たり前のものとして通用していたが。
当時こそファシズムに支配されていたではないか。
靖国は、ネオナチ・オウムの対極にあるものではなく、その同極・同類である。
これは メッセージ 13162 (reflesh_of_air さん)への返信です.
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