“平和ボケ”のお部屋

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

>≫≫≫フランス人権宣言

投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2005/07/18 18:14 投稿番号: [11058 / 17759]
> 1793年の憲法とも言われる幻の憲法
> 1793年6月24日に山岳派の支配する国民公会で可決されたので、山岳派憲
> 法とも言われる。
> 人民主権、立法府議員の直接普通選挙、
> 法律案に対する人民の異議申立て件などの民主的な規定を持ち、
> 基本的人権(平等・自由・安全・所有など)を保証している。
> この憲法は平和の回復まで実施が延期され、テルミドールの反動ののち、
> 1795年の憲法が採択されたので、
>
>   【結   局   は   実   施   さ   れ   な   か   っ   た。】

国民公会で採択され、国民投票で承認されてはいる。
が、ご指摘の通り実施されていないと、私が目を通したいずれのテキストにも
記されていることを確認しました…。


>> シャルル十世は、そうではなかったのではないか?
>> この君主は、「王権神授説」の立場をとったようではないか?
>
> しかし、絶対君主になるだけの力が無く、制限君主に甘んじていますよね?


1814年6月4日にルイ18世は、シャルト(憲章)を公布していますが、これは、
議会で決められたものではなく、国王が「王権の自由な行使によって」上から
国民に与えたもので、「憲法」という語をあえて使わなかったのは、その意識
のあらわれだそうです。この憲章では、選挙権を与えられたものはわずかで、
議会も法案の発議権を持たなかったそうですよ。

1830年7月シャルル10世は、このシャルトの非常大権を盾に、反王党派が選挙
で勝利して大半を占めた新議会を一度も開かれないうちに無理やり解散させ、
出版の自由の停止、選挙制度を手直しして議員定数を大幅に減らし再選挙をす
るという「7月勅令」を官報で布告しました。

これに怒って、自由派が武装蜂起したのが7月革命ですね。

ルイ18世とシャルル10世は、自分が議会に制約されるものだとは認めてなかっ
たと思われますが…。


>> フランス革命は、すばらしい歴史だけれど、
>> だからと言って、なんでもかんでも神聖化する必要もないでしょう。
>
> 神聖化?
>
> してませんが♪
>
> 異なる国の制度比較よりも、同じ国の制度比較の方が、
> 他の要素で違ってくる事が少ないから、より参考となるんですが♪

msg10967 では、君は「『民主主義/人権』を理解する上で、フランスより参
考になる国なんてあるんですかねぇ〜?」とおっしゃってますが? 単に「同
じ国の制度比較の方が、他の要素で違ってくる事が少ないから」では、フラン
ス革命でなければならない必然性が説明されていないように思いますが…?
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)