“平和ボケ”のお部屋

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>>2.26事件・続

投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/15 20:38 投稿番号: [11047 / 17759]
>2.26事件後、軍権は一時縮小するけれどすぐに盛り返し政権を巡る争い
>なっていく

皇道派の軍人は、軍中央から排除され「盛り返し」などできなかった。

>寺内、梅津、杉山の新統制派が、広田を辞職に追い込み、宇垣の首班指名
>を導きますが、石原に潰され実現しません。

廣田首相の後任候補として宇垣を推薦したのは、西園寺公望であって、寺内、梅津、杉山ではない。
むしろ杉山らは、宇垣内閣に反対し陸相候補を出さなかった。杉山らも潰したのである。

>石原主導で林内閣が成立しますが、今度は梅津により石原派の入閣は阻止
>されます。で、その次が近衛内閣で荒木は復権します。

「石原派」などはない。
石原自身は、「中間だが皇道派より」であり、辛くも皇道派粛清人事による追放を免れていた。
石原は、陸軍部内の実権を握ることはできなかった。

荒木は、近衛内閣の文相になっただけである。
もはや陸軍部内への影響力はなく、「復権」というほどのことではなかった。

>近衛は2.26事件や血盟団事件などの受刑者に恩赦を与えようともします。
>また、近衛は北一輝に傾倒していましたし、三井の団琢磨や井上準之助を
>暗殺した血盟団と深く係わっていて、出所後の井上日召を自分の別荘に
>住まわせていました。血盟団も北一輝の日本改造法案大綱をテーゼにして
>いたグループです。

懐柔・骨抜き作戦である。
民間右翼過激派は、金で飼われておとなしくなった。
北も、2.26事件前に既に池田成彬に飼われており、「革新」への熱意を失っていた。
(近衛が連中の華族廃止論や私有財産制限論などに賛成する訳がない。)
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