国連体制下でも戦争は犯罪ではない①
投稿者: stefanie_nadeshiko 投稿日時: 2005/07/07 00:24 投稿番号: [10956 / 17759]
「国家責任」という言葉があります。
これはある国家が国際法上の義務に反する行動をとった時に、その国家に発生する法的効果のことで、この「国家責任」を規定する法理論が「国家責任法」と呼ばれるものです。
国際連合の国際法委員会は1956年より「国家責任」の審議を開始し、46年という歳月を費やして、2001年9月にようやくその最終草案(!)を国連総会に提出しました。
その中で特に注目を集めたのは、暫定草案の段階から起草され、多くの国際法学者によってさまざまな議論や考察がなされてきた「国家の国際犯罪」という項目が完全に削除されたことです。
国連憲章で謳われている武力行使禁止原則に違反した国家行動が、果たして国際法上の「犯罪」に該当するかどうかという点は長い間論争の的となってきました。
しかし、この国際法委員会の最終草案によって、少なくとも現段階では、たとえ違法な戦争(侵攻戦争等)であっても、国際犯罪とは認められないということが、他ならぬ国連自身によって結論づけられたと言えるでしょう。
その背景にはいろいろな要因が指摘されています。
例えば、①現在の国際社会がそれぞれ排他的で強力な権能を有する「主権国家」の集団であり、それらを画一的に規律する普遍的な法体系が存在しないこと、②国際法に違反する国家の行為があったとしてもそれを阻止するための司法上の強制執行機能が何ら確保されていないこと、③武力行使禁止原則を含む国連憲章第2条はあくまでも「法原則」であって、「法規則」ではないこと(反論はあります)、④国連の平和維持機能に関する中核的意思決定機関である安保理事会が拒否権の存在によって純然たる法理論の見地からの判断が出来ないこと、等々です。
国際法における戦争の捉え方には従来から、①戦争という行為自体の規制を目的とするもの(jus ad bellum)、②戦争状況下における個別の行為の規制を目的とするもの(jus in bello)の2種類があると言われてきました。
前者が戦争自体の違法性・犯罪性を追及するのに対し、後者は戦争の存在を所与の条件とした上で、その中で行なわれる個々の戦闘行為の違法性・犯罪性や、中立国の法的地位をコントロールすること等を目的とします。
第一次大戦の惨禍を目のあたりにした国際社会が、それまでの無差別戦争観から脱却し、歴史上初めて戦争そのものを違法化(jus ad bellum)しようとした試みが、国際連盟規約あるいは不戦条約といった多国間条約に具現化したことはよく知られています。
しかし、現実にはこれらの条約は、決してその掲げる理想どおりの目的を達成するための法的権能を与えられることはなく、結果的に第二次大戦という悲劇を防止することは出来ませんでした。
これはある国家が国際法上の義務に反する行動をとった時に、その国家に発生する法的効果のことで、この「国家責任」を規定する法理論が「国家責任法」と呼ばれるものです。
国際連合の国際法委員会は1956年より「国家責任」の審議を開始し、46年という歳月を費やして、2001年9月にようやくその最終草案(!)を国連総会に提出しました。
その中で特に注目を集めたのは、暫定草案の段階から起草され、多くの国際法学者によってさまざまな議論や考察がなされてきた「国家の国際犯罪」という項目が完全に削除されたことです。
国連憲章で謳われている武力行使禁止原則に違反した国家行動が、果たして国際法上の「犯罪」に該当するかどうかという点は長い間論争の的となってきました。
しかし、この国際法委員会の最終草案によって、少なくとも現段階では、たとえ違法な戦争(侵攻戦争等)であっても、国際犯罪とは認められないということが、他ならぬ国連自身によって結論づけられたと言えるでしょう。
その背景にはいろいろな要因が指摘されています。
例えば、①現在の国際社会がそれぞれ排他的で強力な権能を有する「主権国家」の集団であり、それらを画一的に規律する普遍的な法体系が存在しないこと、②国際法に違反する国家の行為があったとしてもそれを阻止するための司法上の強制執行機能が何ら確保されていないこと、③武力行使禁止原則を含む国連憲章第2条はあくまでも「法原則」であって、「法規則」ではないこと(反論はあります)、④国連の平和維持機能に関する中核的意思決定機関である安保理事会が拒否権の存在によって純然たる法理論の見地からの判断が出来ないこと、等々です。
国際法における戦争の捉え方には従来から、①戦争という行為自体の規制を目的とするもの(jus ad bellum)、②戦争状況下における個別の行為の規制を目的とするもの(jus in bello)の2種類があると言われてきました。
前者が戦争自体の違法性・犯罪性を追及するのに対し、後者は戦争の存在を所与の条件とした上で、その中で行なわれる個々の戦闘行為の違法性・犯罪性や、中立国の法的地位をコントロールすること等を目的とします。
第一次大戦の惨禍を目のあたりにした国際社会が、それまでの無差別戦争観から脱却し、歴史上初めて戦争そのものを違法化(jus ad bellum)しようとした試みが、国際連盟規約あるいは不戦条約といった多国間条約に具現化したことはよく知られています。
しかし、現実にはこれらの条約は、決してその掲げる理想どおりの目的を達成するための法的権能を与えられることはなく、結果的に第二次大戦という悲劇を防止することは出来ませんでした。
これは メッセージ 10926 (stefanie_nadeshiko さん)への返信です.
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