天皇の選択自体が間違い
投稿者: latter_autumn 投稿日時: 2005/07/06 22:31 投稿番号: [10955 / 17759]
>少なくとも天皇がダメなら秩父宮を擁立するくらいの伏線は張って
>いたと思いますよ。
>皇位簒奪のきな臭ささ
そんなものはなかった。
2.26事件の叛乱将校は、皇道派よりの陸軍上層部による「善処(「昭和維新」に対する昭和天皇の賛同を得る)」を要求するだけで、それが失敗した時のことはろくに考えていなかった。
>皇道派が目指したのは腐敗した政財界から政治の実権を奪い、天皇
>の親政に戻すことですね。
皇道派の少壮将校(貧乏な家庭の者が少なくなかった)は財界よりの政策に反発していたが、皇道派の上層部連中は必ずしもそうでもなかった。
天皇親政は、そもそも大正天皇から昭和天皇に代わった時点で、現実にそうなっていた。
>これは天皇が目指したイギリス型の立憲君主制とは、到底、相容れない
>思想です。
昭和天皇はイギリス型の立憲君主制(君臨すれども統治せず)を目指してなどいなかった。
そもそも明治憲法が、イギリス型でなくドイツ帝国型であり、前近代的な封建君主制(君臨し統治す)であった。
>結局、安藤大尉達を処刑しても血気盛んな青年将校の暴走を潔しとする
>風潮は消えなかった。
>と言うよりむしろ増幅され戦争へと加速していったんでしょうね。
そんな風潮は消えた。叛乱将校は「国賊」扱いされた。
>荒木や真崎にしても既に彼らの暴走をコントロール出来なくなっていた
>んでしょうね。
2.26事件後は、東條や梅津ら統制派が完全に陸軍部内の実権を握り、軍人による国内テロのような暴走・不祥事は鎮静化した。
後の戦争は、軍人の勝手な暴走ではなく、昭和天皇の意向に沿った統制の下で、開始され遂行されたのである。
>後に天皇が戦争回避に一番有効な皇族内閣に踏み切れず、東條をもって
>軍の強硬派を抑えようとしたのもそんな立憲君主制への拘りからだった
>と思いますしね。
イギリス型の立憲君主制なら、議院内閣制、すなわち議会の多数派グループの代表者を首相にするのが基本である。
また、統治権は君主から政府と議会に完全に委譲されていなければならないし、統帥権独立も廃止されて文民統制に置き換えられていなければならない。
戦争するか否かも、君主ではなく政府と議会が決定することでなければならない。
昭和天皇が議会の多数派グループの代表者でない東條を首相にしたのは、イギリス型立憲君主制に倣う気などなかったからであり、また軍の対米強硬論に賛成していたからである。
>結果として対ソ主戦の皇道派は衰退し戦線が拡大、東條は役立たずで
>日米開戦にも繋がっていきましたが、天皇の選択自体が間違いだった
>とも言い切れないんですよね。
戦線を拡大させたのは、名実共に日本の最高指導者であった昭和天皇である。
天皇の選択自体が間違いだった。
>いたと思いますよ。
>皇位簒奪のきな臭ささ
そんなものはなかった。
2.26事件の叛乱将校は、皇道派よりの陸軍上層部による「善処(「昭和維新」に対する昭和天皇の賛同を得る)」を要求するだけで、それが失敗した時のことはろくに考えていなかった。
>皇道派が目指したのは腐敗した政財界から政治の実権を奪い、天皇
>の親政に戻すことですね。
皇道派の少壮将校(貧乏な家庭の者が少なくなかった)は財界よりの政策に反発していたが、皇道派の上層部連中は必ずしもそうでもなかった。
天皇親政は、そもそも大正天皇から昭和天皇に代わった時点で、現実にそうなっていた。
>これは天皇が目指したイギリス型の立憲君主制とは、到底、相容れない
>思想です。
昭和天皇はイギリス型の立憲君主制(君臨すれども統治せず)を目指してなどいなかった。
そもそも明治憲法が、イギリス型でなくドイツ帝国型であり、前近代的な封建君主制(君臨し統治す)であった。
>結局、安藤大尉達を処刑しても血気盛んな青年将校の暴走を潔しとする
>風潮は消えなかった。
>と言うよりむしろ増幅され戦争へと加速していったんでしょうね。
そんな風潮は消えた。叛乱将校は「国賊」扱いされた。
>荒木や真崎にしても既に彼らの暴走をコントロール出来なくなっていた
>んでしょうね。
2.26事件後は、東條や梅津ら統制派が完全に陸軍部内の実権を握り、軍人による国内テロのような暴走・不祥事は鎮静化した。
後の戦争は、軍人の勝手な暴走ではなく、昭和天皇の意向に沿った統制の下で、開始され遂行されたのである。
>後に天皇が戦争回避に一番有効な皇族内閣に踏み切れず、東條をもって
>軍の強硬派を抑えようとしたのもそんな立憲君主制への拘りからだった
>と思いますしね。
イギリス型の立憲君主制なら、議院内閣制、すなわち議会の多数派グループの代表者を首相にするのが基本である。
また、統治権は君主から政府と議会に完全に委譲されていなければならないし、統帥権独立も廃止されて文民統制に置き換えられていなければならない。
戦争するか否かも、君主ではなく政府と議会が決定することでなければならない。
昭和天皇が議会の多数派グループの代表者でない東條を首相にしたのは、イギリス型立憲君主制に倣う気などなかったからであり、また軍の対米強硬論に賛成していたからである。
>結果として対ソ主戦の皇道派は衰退し戦線が拡大、東條は役立たずで
>日米開戦にも繋がっていきましたが、天皇の選択自体が間違いだった
>とも言い切れないんですよね。
戦線を拡大させたのは、名実共に日本の最高指導者であった昭和天皇である。
天皇の選択自体が間違いだった。
これは メッセージ 10938 (nita2 さん)への返信です.
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