>>>> 「敗者賊、勝者王」
投稿者: nita2 投稿日時: 2005/07/04 23:42 投稿番号: [10938 / 17759]
>青年将校たちは、武力による勝者になりさえすれば、天皇の認可が得られると信じ
>きっていたことです。
高松宮の動きや秩父宮の入城を見ると単純に皇道派が「勝者王」で直情的に決起した
とは思えませんし、また成功を「天皇の認可」一辺倒に託していたとも思えません。
少なくとも天皇がダメなら秩父宮を擁立するくらいの伏線は張っていたと思いますよ。
だから、秩父宮が自決を促した時点で完全敗北だったのでしょう。
天皇も皇位簒奪のきな臭ささを感じたからこそ鎮圧を急いだんだと思いますしね。
さて、皇道派が目指したのは腐敗した政財界から政治の実権を奪い、天皇の親政に戻
すことですね。
これは天皇が目指したイギリス型の立憲君主制とは、到底、相容れない思想です。
後に天皇が戦争回避に一番有効な皇族内閣に踏み切れず、東條をもって軍の強硬派を
抑えようとしたのもそんな立憲君主制への拘りからだったと思いますしね。
結果として対ソ主戦の皇道派は衰退し戦線が拡大、東條は役立たずで日米開戦にも繋
がっていきましたが、天皇の選択自体が間違いだったとも言い切れないんですよね。
これは メッセージ 10932 (unhoo さん)への返信です.
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