12月13日のラーベの日記2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/09/04 15:08 投稿番号: [961 / 2250]
《 ふと前方を見ると、ちょうど日本軍がむこうからやってくるところだった。
なかにドイツ語を話す軍医がいて、我々に、日本人司令官は二日後にくるといった。
日本軍は北へむかうので、われわれはあわててまわれ右をして追い越して、
中国軍の三部隊をみつけて武装解除し、助けることができた。全部で六百人。
武器を投げ捨てよとの命令にすぐには従おうとしない兵士もいたが、
日本軍が進入してくるのをみて決心した。
我々は、これらの人々を外交部と最高法院へ収容した。
私ともう一人の仲間はそのまま車に乗っていき、鉄道部のあたりでもう一部隊、
四百人の中国軍部隊に出くわした。同じく武器を捨てるように指示した。
どこからかいきなり弾が飛んできた。
音が聞こえたが、どこから撃っているのかわからない。
やがて一人の中国人将校が馬に乗ってカービン銃をふりまわしているのを見つけた。
おそらく我々がしたことが納得できなかったのだろう。
たしかに彼の立場からすれば、無理ないのだろうが、
こっちとしてもほかにどうすることもできなかったのだ!
ここで、安全区の境で、市街戦が始まりでもしたら、
逃げている中国軍が、安全区に戻ってくるのは火を見るより明らかだ。
そうなったら安全区は非武装地帯ではなくなり、
壊滅とまではいかなくても徹底的に攻撃されてしまうことになる。
我々はまだ希望を持っていた。
完全に武装解除していれば、捕虜にはなるかもしれないが、
それ以上の危険はないだろう、と。
我々に銃口を向けた将校がそれからどうなったか知らない。
ただ、仲間のハッツが彼からカービン銃を奪うのを見届けただけだ。
本部に戻ると、入り口にすごい人だかりがしていた。
留守の間に中国兵が大ぜいおしかけていたのだ。
揚子江をわたって逃げようとして、逃げ遅れたのにちがいない。
我々に武器を渡したあと、かれらは安全区のどこかに姿を消した。
シュペアリングは非常に厳しい固い表情で正面玄関にたち、
モーゼル拳銃を手に、といっても弾は入っていなかったが、
武器をきれいに積み上げさせ、ひとつひとつ数えさせていた。
あとで日本軍にひき渡さなければならない。》
これは メッセージ 959 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/961.html