入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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体験談1 危うし支那の第五列

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/06/30 18:42 投稿番号: [96 / 2250]
ここからは東中野修道   編著 『1937南京攻略戦の真実』   小学館文庫
によっています。

  これは、もともとは靖国神社の偕行文庫にある、
昭和15年11月編纂の 『第六師団   転戦実話   南京編』 上下二巻の藁半紙刷り本を

東中野氏が文庫本として出されたものです。
  そういうわけで、原本は靖国神社にあるようです。

ここでは、名前がイニシャルになっていますが、その理由は、
執筆者から掲載の許可を得るため、本人または関係者の連絡先確認に努力したけど、

65年前のことで、戦友会も解散していて、多くの人に連絡できず、
仕方なくイニシャル表記にしたという話です。

この本は戦時中に書かれているため、戦後の思想的影響は入っていません。


76〜77p
危うし支那の第五列−   歩兵第四十七連隊 (大分)   第二大隊第六中隊   S伍長


  上陸してから尖兵 (せんぺい) 小隊として追及に移りました。金山の街に入りかけたときです。

犬一匹おらんと想像した街から、年の頃二十五六の姑娘 (クーニャン) が出てきます。

そして私たちを見ても別に逃げようともしないのです。

  小隊長殿が呼びにやられて、「敵はいないか」 と訊(たず) ねられると、

「二日前に日本軍が通ったから、誰もおらん」 と答えます。

  私たちが 「五師団だろうか」 などと話しながら行こうとしますと、小隊長殿が、

「待て、警戒を怠るな」

  と注意し、

「尖兵擲弾筒 (てきだんとう) を加え、軽機は木の根で援護」

  と命じて行かれました。

  そこはちょうど街の入口で、二〇メートルほど左に畠があり、竹薮 (たけやぶ) があって、

そこに一軒家がありました。

尖兵が街に入り終えた頃、突然その一軒家から猛射してきました。

案の定とすぐ配備につき、擲弾筒を射ちますと、二三べんで動揺しはじめ退却しました

が、すんでのところで中国第五列の餌食になるところでした。


注:   上陸とは   杭州湾上陸の事
    金山とは   金山衛という街のこと
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