12月12日 混乱と地獄絵の南京城内2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/08/18 18:24 投稿番号: [942 / 2250]
石田勇治
編集・翻訳
『資料ドイツ外交官の見た南京事件』
31〜32p
《 数人の将校が退却する大群の行く手に立ちはだかり、制止した。
怒声が響き、ピストルの銃声が鳴った。
兵士はいやいや向きを変え、重い足取りでふたたび前線に向かい始めた。
だが、長くは続かなかった。三〇分もしないうちに、中国軍の士気が衰え、
全軍の潰走が明らかとなった。
もはやかれらを止めるものは何もなかった。 何万もの兵士が、かれらに開かれた
唯一の退却路である市の北西隅のユウ江門に向かって、通りを移動した。
・・・
崩壊の始まりは午後四時三〇分ごろで、当初はかなり秩序だった退却が、
夕暮れには潰走と化した。
逃走する軍隊は、日本軍の猛追撃を考えて余分な荷物を投げ捨て始めた。
まもなく通りには、打ち捨てられた背嚢、弾薬ベルト、手榴弾や軍服が散乱した。
主な退却路となった中山路からほんの数ヤード隔った百万ドルの交通部庁舎に
兵士が火を放つと、地獄絵図は激しく幕を開けた。
そこは臨時の弾薬庫として使用されていたが、炎がその砲弾・爆薬庫に達すると、
恐ろしい爆音が夜空に鳴り響いた。
銃弾と砲弾の破片は鋭い音をたてて頭上を飛び交い、
河岸へ向かう道をひしめき合いながら進む群集の恐怖と混乱を煽った。
燃えさかる庁舎は巨大な炎を噴き上げ、物凄い熱を放った。
パニックに陥った群集の行列は遅々として進まず、交通は渋滞した。
大砲、トラック、オートバイ、荷馬車がひどい混乱のなかで玉突き衝突を起こし、
うしろからは前へ前へと押し寄せてくるのだった。
兵隊は死に物狂いで道を空けようとしていたが、徒労であった。
路上の集積物に火が燃え移り、幹線道路をふさぐ炎の障壁をつくった。
退却中の軍隊に残っていたわずかの秩序は完全に崩壊した。
いまや誰も我が身だけを頼りにした。
燃え盛る障害物を迂回し命からがら下関門に辿りついた者が見た光景は、
ただ残骸と死体で塞がれた門の姿であった。》
*
交通部には、ラーベたちが大量の難民を収容していた筈。
炎と大爆発では助からないだろう。
もし、日本人が、大量の難民を収容していた所に火をつけて、
大爆発を起こさせたら、大虐殺と叩かれただろう。
しかし、中国兵のやることは不問にふされる。
これは メッセージ 941 (kireigotowadame さん)への返信です.
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