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12月12日の外国船爆撃・パネー号沈没

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/08/07 15:23 投稿番号: [930 / 2250]
石田勇治   編集・翻訳   『資料ドイツ外交官の見た南京事件』   大月書店

11日からの記述の続き

16〜17p

《 接触はまず一二日の朝、日本軍の奇襲砲撃のさなかにおこなわれた。
この砲撃で英国人水兵一名が命を落とし、オドネル大佐も右手の指一本を失った。

しかし英国人たちは、こうした日本軍の前代未聞の挑発行為にもめげず交渉を続け、
その席で蕪湖の橋本大佐から、

長江上の全船舶にたいして砲撃命令が下っていることを聞き出した。
この告白は、日本側にとってはこのうえなく都合の悪いものとなった。



降臨節の第三日曜日   〔一二月一二日〕   は、光り輝く朝日をあびて穏やかに明けた。

午前中、引き船と平底船に乗った日本軍歩兵たちがわれわれの近くで上陸し、
[いつものように]   岸辺とジャンクで無実の民間人を数名殺害した。

その後、かれらは停泊中のわれわれの船団の周囲を航行したが、それはわれわれが
中立的で平和的な船団であることを確信する絶好の機会となった。



この少し前、パナイ号はスタンダード・オイル社の三隻の米国タンカーとともに
そばを通過し、われわれの視界の及ばない上流の和県付近に停泊した。



日本軍上陸部隊がわれわれの船団を視察した後、
もはやこれ以上の襲来の危険はないと思っていた。

しかし、予想外にも一三時三〇分、突然何の通告もなく、日本軍爆撃機三機が
ハルクにつながれていた大きくて豪華な標的、黄浦号に三回攻撃を加え、

地上約三〇〇メートルまで降下して爆撃した。

九発の爆弾   −   そのうち一発は不発弾   −   が直撃弾とならなかったことは
奇跡というほかない。しかし風圧と破片で黄浦号と、とくにハルクに甚大な被害がでた。



この攻撃の後、クリケット号のアシュビー海軍大尉   −   いまや軍務歴最長の
英国将校   −   は外国人をただちにハルクと黄浦号から砲艦クリケット号と

スカラブ号に移し、集結していた船団を散開するよう命じた。
われわれが小さな引き船に乗って黄浦号からクリケット号に乗り移ったとき、

日本軍の無法きわまりない爆撃機がふたたび飛来し、〔英国〕アジア石油会社の
タンカーの船尾すれすれに六発の爆弾を投下した。

ついにアシュビー海軍大尉は、自らの責任において、二隻の砲艦から砲撃を開始した。
機関銃各二丁、小速射砲各二砲、三インチ砲各二砲による攻撃である。

ただし、六インチ砲は対空防衛には不適なため使用しなかった。その断固とした
責任感あふれる行為によってアシュビー海軍大尉は、英国船団を恐るべき運命から守った。



だがこのとき、数マイル上流の米国人はまさにその恐るべき運命に
見舞われていたのである。

一六時一〇分の三回目の攻撃で、日本軍は四個の爆弾   −   今回は迎撃されたため
目標からだいぶそれた   ―   を投下した。

これでわれわれは総計一九発の爆弾を頂戴した。
日本軍砲兵隊はこの前日には黄浦号に二四発の砲撃を加えていた。》



*   この爆撃機は海軍機です。

   この日   上流で、英国砲艦レディバード号が陸軍から砲撃を受け、
   米国砲艦パナイ (パネー) 号は16時過ぎの海軍機空襲の後   沈没しました。

   この事により、外国人の対日感情が悪くなります。
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