入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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12月11日 ラーベの日記

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/08/02 18:32 投稿番号: [925 / 2250]
《   十二月十一日   八時

水道と電気が止まった。だが銃声は止まらない。ときおり、いくらか静まる。
次の攻撃にそなえているのだ。どうやらこれがうちの   「ペーター」   のお気に召したらしい。

さっきから声を限りに合奏している。
からす   (ラーベ)   よりカナリアのほうが神経が太いようだ!

爆音をものともせず、道には人があふれている。
この私より   「安全区   (セーフティ・ゾーン)」   を信頼しているのだ。

ここはとっくにセーフでもなんでもないのだが。
いまだに武装した兵士たちが居すわっているのだから。

いくら追い出そうとしてもむだだった。
これでは、安全区は非武装だと日本軍に知らせたくともできないじゃないか。



九時

ついに安全区に榴弾が落ちた。福昌飯店   (ヘンペル・ホテル)   の前と後ろだ。
十二人の死者とおよそ十二人の負傷者。

このホテルを管理しているシュペアリングが、ガラスの破片で軽いけが。
ホテルの前にとまっていた車が二台炎上。さらにもう一発、榴弾   (こんどは中学校)。

死者十三人。軍隊が出て行かないという苦情があとをたたない。

鼓楼病院の前に − ということは安全区側だ − 砦が築かれることになった。
だがこれを命じられた中国軍の将校は、通りの向こう側で作業するのを断ってきた。



事態を丸く収めようと、私はマギー牧師と一緒にその将校に会いに行くことにした。

山西路広場   (バイエルン広場)   を通りかかったとき、
広場の真ん中で兵士たちが穴を掘って隠れているのをみつけた。

角の家は軒並み兵士たちにこじ開けられている。
目の前で次々とガラスや扉が壊されている。

なぜそんなことをするのだろう?   だれに聞いても、わからない、という!
けが人がひっきりなしに中山路に運ばれて行く。

砂袋、引き倒した木、有刺鉄線の柵でバリケードを作っているが、
こんなもの、戦車がくればひとたまりもないだろう。

鼓楼病院の前で例の将校に砦を築くように頼んだが、
相手はおだやかな物腰ながら断固拒否した。

病院から龍に電話で報告すると、さっそく唐将軍に問い合わせるとの返事。



十八時

記者会見。出席者は、報道陣のほかは委員会のメンバーのみ。
ほかの人はジャーディン社の船かアメリカの砲艦パナイで発ったのだ。


スマイスがいうには、目下名ばかりわれわれの配下にある警察が、
「こそ泥」   を捕まえ、その処分について聞いてきたという。

この件でちょっとばかり座がにぎわう。おそれ多くも裁判官までつとめることに
なるとは……。私もそこまでは考えていなかった。

われわれはまず、死刑を宣告し、恩赦により、と二十四時間の拘置にし、
留置場の不足によりやむをえず、とふたたび自由の身にしてやった。



午後八時、韓を呼び、家族をつれて寧海路五号の委員会本部に引っ越すようにいった。
あそこの防空壕のほうが安全だ。

しかもわが家は、いま日本軍から猛攻撃されている五台山のすぐそばなのだ。
私もいずれ引っ越そうかと考えている。

夜は猛攻撃をうけるだろう。
それなのに韓はまだ家を出ていこうとはしない。》


つづく
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