12月9日 中支那方面軍の指令と注意
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/07/24 15:23 投稿番号: [916 / 2250]
児島襄著
『日中戦争4』
193〜194p
《 中支那方面軍司令官松井石根大将は、十二月九日午前零時三十分、
次のような
「中方作命第三十一号」
を下令した。
「一、中支部方面軍ハ、 中華民国首都南京城ヲ
攻略セントス。
二、上海派遣軍及第十軍ハ、 南京城攻略要領ニ準拠シ、南京城ヲ攻略
セシムル予定。
但シ攻略
実施ノ時機ハ別命ス」
この命令は、三日前に示達された
「南京城攻略要領」
に即応するもので、
同要領には、攻略を降伏勧告による 〝平和入城〟 と、勧降を拒否された場合の
強襲とにわけていた。
また、 「皇軍ノ外国ノ首都ニ
入城スルハ有史以来ノ盛事」
であり、
かつ 「世界ノ斉 (ひと) シク注目シアル大事件」
なので、
友軍相撃、外国権益の損壊、掠奪、放火または失火などの不祥事の発生を
防止するよう、厳重な
「注意」
もつけ加えられた。
だが、戦況は、中国側の投降をさそうのに十分なほどの進展を示している、
と判断され、司令官松井大将は、以上の命令を発出したのである。
命令下達の約四時間後、第三十六連隊を先頭にして西進した第九師団は、
第六旅団は第三十五、第七連隊が南京東部の中山門東南、
第十八旅団の第三十六連隊は光華門、第十九連隊は武定門にせまった。
南の第六師団は第四十五連隊を右、第十三連隊を左に配置して将軍山西側の
牛首山を力攻し、第百十四師団も第六師団の右側で前面の敵を攻撃した。
第百十四師団第六十六連隊長山田常太中佐は、各隊に訓示した。
「戦闘ノ推移
(やや) 困難ナル場合、直チニ 悲観的態度ニ出デ 又ハ
報告スルモノアリ。 支那軍ニ対シテ
斯クノ如キ 態度ニテハ、 列強国ヲ
相手トシテ 戦闘スル場合、寒心ニ堪ヘザルベシ」
第六十六連隊は、他の部隊と同様に、食うや食わずの日をかさね、
将兵は疲労している。
その意味では、連隊長山田中佐の訓示は 〝苛酷〟 ともみなされるが、
訓示にたいする反応は、本当の戦さはこれからだ、という隊長たちの叫びと、
戦意をあらわにした兵たちの双眼の輝きだけであった。》
つづく
これは メッセージ 913 (kireigotowadame さん)への返信です.
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