大幅に譲歩した和平案
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/05/13 21:50 投稿番号: [9 / 2250]
まだ、中国人の方からのコメントがありませんので、通州虐殺事件の続きを書きますね。
徐々に南京に近づいて行きます。
「4なるほど」の所では、虐殺犯人が全員釈放されたことを書きました。
しかしながら、日本人のお人好しは、これに留まりません。
日本人が虐殺されたにも関わらず
3日後の8月1日、
石射東亜局長は、陸軍の柴山軍事課長と海軍の保科 (善四郎) 軍務局第一課長を招き、
大幅に譲歩した 「国交調整案」 を提示しました。
その内容は
塘沽停戦協定の解消、
梅津 − 何応欽 「協定」 の解消、
土肥原 − 秦徳純協定の解消、
冀察政権の解消、
冀東政権の解消、
冀東特殊貿易の廃止、
非武装地帯海面の中国側密輸取締りの自由恢復、
華北における「自由飛行」の廃止、
中国側がしいて要求すれば上海停戦協定をも解消する
という、まるで敗戦国が戦勝国に出すような内容です。
その見返りとして、
「『満州国を今後問題とせずとの約束を隠約の間になすこと、
日中両国間に防共協定をなすこと、
邦交敦陸令を徹底せしめること、
両国の経済の連絡、貿易の増進を図ること』
を中国に要望していますが。
これを提示して、陸・海の同意を得ようとしたのですが、陸軍はあまり面倒な注文を出さず、
石射案に沿って三省の意見一致をみることになりました。
各次官や各大臣の諒承を得、近衛首相は、待っていましたとばかりに、
ただちにその支持を与えることになりました。
( この内容は
松本重治著『上海時代・下』中公新書177〜178pにあります
)
それで、この案を和平案としまして、8月9日に上海で和平会談を開くようにします。
しかし、この和平会談は、同じ日に起きた、中国の大山中尉虐殺事件でぶち壊されます。
今日は
ここまで。
これは メッセージ 4 (kireigotowadame さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552022058/ffea4ca4fcf9qbfma4kfn5febbv7obfbfaj5doc0a47a4dea47a4ga4a6_1/9.html