なるほど
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2009/05/12 00:33 投稿番号: [4 / 2250]
ところで、その南京の、ほんの4か月半前、
1937年7月29日通州で日本人居留民約260人が虐殺されました。
犯人たちは、南京の嘘放送に騙されて、日本人を虐殺して、
それを忠誠の証しとして、北京の宋哲元のもとにやってきました。
ところが、そこにいたのは、中国軍ではなく、日本軍だったのです。
彼らは、はじめて騙された事に気づき、慌てて逃げました。
しかし、日本軍につかまります。
「機関銃で撃ち殺してやる」と息巻いている人もいましたが、
「それでは暴に酬いるに暴を以てするだけだ」 と否定され、
長官の殷汝耕だけを取り調べのために残し、他は全員釈放されました。
釈放された大半の者は張家口方面、湯恩伯の軍に合流しました。
そして、殷汝耕も被害者であったので、彼も釈放され、結局全員、釈放されたわけです。
この人道的日本軍と、あなた方の言う南京の日本軍と、ずいぶん違うのですが、どうしてでしょう。
ちなみに、通州虐殺事件の報告は次の通りです。
★ 城内は実に凄惨なもので到る処、無惨な日本居留民の死体が横たわって居りまして、
殆ど全部の死体には首に縄がつけてありました。
頑是なき子供の死体や婦人の虐殺死体は殆ど見るに耐えませんでした
★ 旭軒とか云ふ飲食店を見ました。そこには四十から十七〜八歳迄の女七〜八名は皆強姦され
裸体で陰部を露出したまま射殺されて居りました。
そのうち四〜五名は陰部を銃剣で刺されていました。
家の内は家具・布団・衣類等は何物もなく掠奪されていました。
★ 錦水楼と云ふ旅館は凄惨でありました。
同所は危険を感じた日本人が集まったものの如く大量虐殺を受けておりました。
錦水楼の女主人や女中等は数珠繋ぎにされ、手足を縛られたまま強姦され、遂に斬首されたと云ふ事でした。
★ 男は目玉をくり抜かれ、上半身は蜂の巣の様でありました。
★ 南城門の近くに一日本人の商店があり、そこの主人らしき者が引っ張りだされ
殺された屍体が路上に放置されてありました。
これは腹部の骨が露出し、内蔵が散乱しておりました
★ 旭軒と云ふ飲食店に入りますと、そこに居りました七〜八名の女は全部裸体にされ、
強姦射(刺)殺されて居りまして、陰部に箒を押し込んである物、
口中に土砂を填めてあるもの、腹部を縦に割ってあるもの等、見るに耐えませんでした。
★ 東門近くの鮮人商店の付近に池がありましたが、その池には首を縄で縛り両手を併せて、
それに八番鉄線を通し(貫通)、一家六名数珠繋ぎにして引廻された形跡、歴然たる死体がありました。
池の水は血で赤く染まって居たのを目撃しました。
★ 守備隊の東門を出ますと、殆ど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわって居るのを目撃し、
一同悲憤の極に達しました。敵兵は見当たりませんでしたので‥‥
「日本人は居ないか」と連呼し乍ら、各戸毎に調査して参りますと、
鼻部に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等が、
そこかしこの塵埃箱の中や壕の内、塀の蔭等から続々這い出して来ました。
中国人が、こんな残虐な事をやったのに、北京の日本軍は犯人を釈放したのです。
その優しい日本軍が、どうして南京で、極端な残虐行為ができたのでしょう。
ちなみに、この通州のような虐殺の仕方は、日本にはありません。
ところが、南京では、日本軍が、同じような事をしたと言われています。
不思議ですね。
日本人の知らない方法で、日本軍が虐殺できるとは。
1937年7月29日通州で日本人居留民約260人が虐殺されました。
犯人たちは、南京の嘘放送に騙されて、日本人を虐殺して、
それを忠誠の証しとして、北京の宋哲元のもとにやってきました。
ところが、そこにいたのは、中国軍ではなく、日本軍だったのです。
彼らは、はじめて騙された事に気づき、慌てて逃げました。
しかし、日本軍につかまります。
「機関銃で撃ち殺してやる」と息巻いている人もいましたが、
「それでは暴に酬いるに暴を以てするだけだ」 と否定され、
長官の殷汝耕だけを取り調べのために残し、他は全員釈放されました。
釈放された大半の者は張家口方面、湯恩伯の軍に合流しました。
そして、殷汝耕も被害者であったので、彼も釈放され、結局全員、釈放されたわけです。
この人道的日本軍と、あなた方の言う南京の日本軍と、ずいぶん違うのですが、どうしてでしょう。
ちなみに、通州虐殺事件の報告は次の通りです。
★ 城内は実に凄惨なもので到る処、無惨な日本居留民の死体が横たわって居りまして、
殆ど全部の死体には首に縄がつけてありました。
頑是なき子供の死体や婦人の虐殺死体は殆ど見るに耐えませんでした
★ 旭軒とか云ふ飲食店を見ました。そこには四十から十七〜八歳迄の女七〜八名は皆強姦され
裸体で陰部を露出したまま射殺されて居りました。
そのうち四〜五名は陰部を銃剣で刺されていました。
家の内は家具・布団・衣類等は何物もなく掠奪されていました。
★ 錦水楼と云ふ旅館は凄惨でありました。
同所は危険を感じた日本人が集まったものの如く大量虐殺を受けておりました。
錦水楼の女主人や女中等は数珠繋ぎにされ、手足を縛られたまま強姦され、遂に斬首されたと云ふ事でした。
★ 男は目玉をくり抜かれ、上半身は蜂の巣の様でありました。
★ 南城門の近くに一日本人の商店があり、そこの主人らしき者が引っ張りだされ
殺された屍体が路上に放置されてありました。
これは腹部の骨が露出し、内蔵が散乱しておりました
★ 旭軒と云ふ飲食店に入りますと、そこに居りました七〜八名の女は全部裸体にされ、
強姦射(刺)殺されて居りまして、陰部に箒を押し込んである物、
口中に土砂を填めてあるもの、腹部を縦に割ってあるもの等、見るに耐えませんでした。
★ 東門近くの鮮人商店の付近に池がありましたが、その池には首を縄で縛り両手を併せて、
それに八番鉄線を通し(貫通)、一家六名数珠繋ぎにして引廻された形跡、歴然たる死体がありました。
池の水は血で赤く染まって居たのを目撃しました。
★ 守備隊の東門を出ますと、殆ど数間間隔に居留民男女の惨殺死体が横たわって居るのを目撃し、
一同悲憤の極に達しました。敵兵は見当たりませんでしたので‥‥
「日本人は居ないか」と連呼し乍ら、各戸毎に調査して参りますと、
鼻部に牛の如く針金を通された子供や、片腕を切られた老婆、腹部を銃剣で刺された妊婦等が、
そこかしこの塵埃箱の中や壕の内、塀の蔭等から続々這い出して来ました。
中国人が、こんな残虐な事をやったのに、北京の日本軍は犯人を釈放したのです。
その優しい日本軍が、どうして南京で、極端な残虐行為ができたのでしょう。
ちなみに、この通州のような虐殺の仕方は、日本にはありません。
ところが、南京では、日本軍が、同じような事をしたと言われています。
不思議ですね。
日本人の知らない方法で、日本軍が虐殺できるとは。