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海軍の黄浦江水路啓開作戦

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/05/20 18:47 投稿番号: [842 / 2250]
8月12日に中国は、南市と仏租界との境界線前面江上に汽船、
大型ジャンク等を沈没させ、又は係留し、航路を閉塞していました。

そこで、海軍はこれを取り除く作業にかかります。
まず、閉塞線上に置かれている中国船   「中和」   の捕獲にかかりました。

ところが、近付くと、江岸から機銃攻撃を受けるのです。



戦史叢書   『中国方面海軍作戦〈1〉』   448〜449p

《(11月)   10日 20:00、 「小鷹」   は   「出雲、安宅、栗、栂、朝日」   派遣の
捕獲隊員   (川添亮一中尉以下30名)   を乗せて出港、

20:20、 「二見」   支援の下に閉塞線に進出、 「中和」   に横付けし、これを捕獲した。
「中和」   には敵兵はおらず、船内調査の結果異常はなかった。

「小鷹」   は21:07 以降敵機銃の集中射撃を受け、人員、船体にかなりの損害を生じた。

22:55、「小鷹」   は捕獲隊を残したまま   「中和」   の横付けを離した。
捕獲隊員は   「小鷹」   出港後も終夜、間欠的に射撃を受けた。

11日朝   「小鷹」   は被害修理のため下江した。



同日、安田支隊の山砲四門は江岸に進出、南市敵陣を砲撃し、
「二見、保津、比良」   はこれに協力した。

11:45、 第一港務部長   (朝日艦長宮里秀徳大佐兼務)の指揮する
沈船処分特別作業隊乗艇の朝日水雷艇は   「中和」   に至り、

捕獲隊に弾薬、糧食を補給したが、被弾し進退の自由を失い、
12:10、出雲水雷艇に救助された。

12:16、右特別作業隊の住吉丸、楓丸は沈船下流に係留し航路を閉塞する
大型ジャンクの除去作業を開始、南市から射撃する敵と交戦しつつ、

13:50   作業を完了した。

14:15、特別作業隊は   「中和」   撤去作業を開始せんとしたが、敵の抵抗が激しい
ため作業進ちょくせず、一たん中止して引揚げ、 「中和」   との交通も遮断された。



12日朝から   「比良、保津、二見」   は安田支隊と協力、南市江岸の敵を制圧し、
15:30ころ敗退却の兆しを認めた。

16:30、 「栗」   は閉塞線下流着、掩護任務に就き、特別作業隊は
「中和」   に赴き引出し準備を完成し、 17:25   住吉丸で   「中和」   引出しに成功、

水路の一部を啓開し、直ちに付近の掃海を開始した。 一方、 「保津、比良」
聯合陸戦隊は、 17:50   南市ネイ紹商輪公司及びその付近一帯を占領した。



12日   18:20、特別作業隊の掃海隊は閉塞線付近の掃海を開始し、 20:50   終了した。

13日   07:40〜15:00、掃海隊は閉塞線付近航路を掃海し、機雷三個を拘束、
諸岡安一少佐指揮の爆破隊の協力を得て、うち二個を処分した。

07:30 「保津、比良」   の陸戦隊は南市を撤退し、 「栗、栂」   聯合陸戦隊と交代した。

08:05   「保津、比良」   は保津艦長指揮の下に上海を出港、閉塞線を通過、
20:00   閔行着、敵巡洋艦四隻を捕獲し、 「保津」   は更に遡江、

12:28、 得勝港   (上海上流二〇浬)   に達し、水路を啓開した。

この日、 「勢多」   は楓丸と共に上海発、閔行下流までの陸軍の糧食、弾薬の輸送に
協力し、 「栗、熱海」   は閉塞線付近の中国舟艇抑留に従事した。



14日、 聯合掃海隊   (指揮官諸岡少佐)   が編成され、啓開水路上流の掃海に従事した。
この日以降爆破又は拘束処分した成果は、   14日機雷二個、水中障害物一個、

15日機雷二個、   16日機雷二個、   17日機雷二個、水中障害物一個、
18日水中障害物一個であった。・・・

16日、第11戦隊聯合陸戦隊は南市占領地区を陸軍に引継ぎ撤退した。》
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