鉄壁の布陣で待ち構える中国軍
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/03/17 18:41 投稿番号: [778 / 2250]
陸軍は何とか上陸はしましたが、非常に苦戦します。
敵は鉄壁の布陣で待ち構えていたからです。
早瀬利之著 『将軍の真実
南京事件
松井石根人物伝』
には
54p
《 この両師団の上陸は、ドイツ軍事顧問の指導で構築された中国軍の
トーチカからの抵抗に苦戦した 》
55p
《中国軍側の配備は、 上海北側地区に三十万、 浦東に二万、 上海西部地区に十万、
北翼羅店鎮に十八万の最精鋭中国軍が、 トーチカなどで陣地を造っていた 》
57p
《馮玉祥総指揮の下に、張治中の十万、のちに台湾の国民党の台湾主席となる
陳誠が指揮する十八万、 張発奎指揮の二万と判明する。
空軍の飛行機はほとんどがソ連製の飛行機だった。 トーチカなどに構築された高射砲は
ドイツ製。 機関銃はチェコ。 それにアメリカ製のカービン銃が見つかる。》
58p
《第十一師団の長勇参謀が旗艦
「由良」
に帰ったさい、 羅店鎮の正面に
中国軍は約二万人、 さらに嘉定方面より増援があり、 近々、
第十一師団に反撃してくる姿勢がうかがえると報告がある。
・・・
中国軍は呉淞砲台、商船学校付近から西方の大金家村付近に及ぶ線を守っている。
指揮官は陳誠で、兵の数約十五、六師団であることが判明する。
日本軍の一師団と、ドイツ顧問団に指導された十五、六師団との睨み合いである。》
とあります。
とんでもない大軍と堅固なトーチカ、優れた外国製の武器が待ち構えていたのです。
これにたった二個師団で太刀打ちできるはずがありません。
かつ敵は地の利を活かしています。
55p
《
十一師団が上陸した辺りの稲の中には身を伏せて待ち伏せし、
日本軍を狙撃したり、また飛行機に連絡するなど、訓練された中国兵に苦戦する。
軍の参謀、下坂正男歩兵中佐が狙撃されたのは、稲の中からの中国軍による。
このときの十一師団の損害は、二十三、二十四日の二日間だけで、
下坂参謀以下戦死十五名、負傷兵五十余名に及ぶ。》
60p
《 難敵は縦横に走るクリーク (川) である。
橋は落とされていて、日本軍は前進できずにいる。》
つづく
これは メッセージ 770 (kireigotowadame さん)への返信です.
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