8月18〜22日 陸軍兵の乗船と輸送
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/03/04 19:02 投稿番号: [765 / 2250]
戦史叢書 『支那事変
陸軍作戦1』
275p
《 八月十八日、第三師団の約半部と第十一師団は応急動員を完了し、
海軍艦艇によりまず二次に輸送せられることになった。
第三師団先遣隊
(歩兵約一コ大隊)
は十八日に、師団主力は十九日に熱田港から、
第十一師団第一梯団は二十日に、第二梯団は二十一日に多渡津港から出航し、
馬鞍群島
(上海東南東約一二〇粁)
に集合した。》
戦史叢書 『 中国方面海軍作戦〈1〉』
358〜359p
《 第一輸送部隊は十七日〜十八日多度津に集合し十九日から搭載、
二十日 12:30 多度津発、馬鞍群島に向かった。
第二輸送部隊は十八日夕までに熱田に集合し、十九日搭載開始、
二十日 09:00 熱田発、馬鞍群島に向かった。
当時上海の情勢きわめて緊迫、海軍中央部は急速輸送を督励した。
第一、第二輸送部隊は二十一日深夜〜二十二日未明泗礁山北方錨地に到着、合同した。
第二梯団の輸送
永野聯合艦隊長官は十八日、佐世保で大海令第二十二号
(聯合艦隊司令長官ハ上海派遣軍第二梯団ヲ掃子江沖マデ輸送スベシ)
を受けた。
次いで同日、輸送艦は遅くも二十日午前中に第二梯団の乗艦地に入泊のこと、
及び輸送終了後なるべく速やかに原態勢に復し北支方面の作戦に備うべき指示を受けた。
永野長官は本輸送に第一戦隊
(日向欠)
及び第三戦隊を、その警戒に第一潜水戦隊
(一部欠)
をあてることとし、十八日命令を下し輸送区分を次のように定めた。
〔「艦 (隊)」
「指揮官」
「乗艦地」
「輸送陸軍部隊」
の順〕
第一戦隊の陸奥
(直率)
三津ケ浜
第十一師団の一部
(約二.〇〇〇)
第一戦隊の長門
(長門艦長)
小松島
第十一節団の一部
(約二、〇〇〇)
第三戦隊
(第三戦隊司令官)
熱田
第三師団の三大隊
(約二、〇〇〇)》
戦史叢書
『支那事変
陸軍作戦1』
275p
《 松井軍司令官は22日に馬鞍群島に到着、上海付近の情勢及び作戦準備などに関する
先遣参謀の報告ならびに中央の指示等に基づき、作戦計画を策定した。》
*
この計画では、呉淞以外の上陸点が劉河鎮から川沙鎮に変っています
*
海軍は、いやがる陸軍に頼みこんで、派兵してもらったためか、
連合艦隊の旗艦である、戦艦陸奥や長門を陸兵の輸送に供しました。
もっとも戦艦は揚子江に入るには、大きすぎますので、ここからは、
揚子江にいた小さな軍艦に移し替えて、敵前上陸に向かう事になります。
つづく
これは メッセージ 761 (kireigotowadame さん)への返信です.
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