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陸軍到着までの上海居留民の苦悩1

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/03/02 18:45 投稿番号: [762 / 2250]
陸軍が来るまでの上海居留民の苦悩は大変なものでした。
いつ皆殺しになるか判らないからです。


西岡香織著 『 報道戦線から見た 「 日中戦争 」』 芙蓉書房出版   80頁には


《 上海北部の共同租界と、虹口 (ホンキュウ) 方面で租界の北部に二キロほど
突き出した形の   「租界外拡張道路」   両側に形成された日本人街で、

数十倍の敵軍の攻撃を受けた海軍陸戦隊の苦戦は当然であった。

「夜となく昼となく死物狂いに砲撃、爆撃して来る雲霞 (うんか) の大軍を引受けて、
寡兵 (かへい) よく虹口籠城の居留民二万を死守した」 が、

「全く十七日、十八日は上海最後の日と目され、……
虹口クリーク東方楊樹浦地区一帯に殺到した敵軍によって、

第二の通州事件は何時、惹起 (じゃっき) されるかも判らぬという
危機一髪の時」 を迎えていた」 (馬淵『報道戦線』)》


とあります。
また塚本誠氏はその著   『 ある情報将校の記録 』   207〜 208pには


《戦闘が始まってから月余にわたる上海の籠城は暗く、苦しみの連続であったが、
陸戦隊も居留民もよく頑張った。・・・

当初敵機の跳梁には私も切歯扼腕 (せっしやくわん) したものである。わが海軍が暴風を
衝いて渡洋爆撃を行なったニュースを聞いた時は皆といっしょに躍り上って喜んだ。》


と言っていて、その苦悩のほどが偲ばれます。

馬淵氏は報道班として送られたので、上陸する陸軍より早く来たわけですが、
水兵服を着てきたら怒られたといいます。

その理由は


《 陸戦隊や居留民が陸軍部隊の上陸を待ちわびていることは知っていたが、
中国軍は日本陸軍上陸となれば、その前に租界地になだれ込み、

日本人居留区を全滅させようとするのではないかと心配し、
わざと海軍の水兵服を着て上陸したのであった。

それを見て末藤大佐は、絶望的な状況下の陸戦隊と居留民が、 陸軍将校の姿を
見ればどんなに喜び、安心することか、余計な気を使うなと叱ったのである。

成るほどと、馬淵らは早速陸軍将校の軍服姿で陸戦隊の歩哨線を廻ると、
血と汗にまみれた海軍兵士たちが飛びついてきて、

「陸軍がやってきた」   と歓声を挙げたので、しみじみと死闘の続く
陸戦隊員の苦労が分かったという。》

( 西岡香織著 『 報道戦線から見た 「 日中戦争 」』 芙蓉書房出版   81頁 )

ということです。


註:寡兵   カヘイ    少ない兵

   惹起   ジャッキ   引き起こされる

   切歯扼腕   セッシヤクワン   歯をくいしばり、自分の腕を握りしめて
                悔しがること。

つづく
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