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8月9日 駄目になった和平会談

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/02/06 15:48 投稿番号: [733 / 2250]
本来、和平会談は船津氏がやるはずだったが、川越大使が出しゃばったため、
肝心の事が伝わらずじまいになってしまった。

それでも、この会談の続きがあれば、出せたかもしれない。
しかし、それも、中国側の大山中尉虐殺によって無くなってしまった。



児島襄著 『日中戦争4』 文春文庫
65p

《    −   だが、
この外務省の船津工作も、陸軍の各種の   「希望的観測」   と同じく、

これまでにくり返して述べた如く、すでに   「全面戦争」   を決意している
中国側には通じなかったにちがいない。


現に、蒋介石は、五日前の八月二日、再び廬山に飛んで
「暑気   軍官訓練団   第二期開学」   式にのぞみ、次のように言明していた。

「平津失陥、 為   我国   奇恥大辱、又為   全面抗戦   之開始、絶無   與   敵談和   余地」
もはや、日本と和平交渉する余地はない、というのである。


五日には、南京の防空態勢を十日までに完整させよ、と指示した。

六日、蒋介石は、宋哲元、劉峙をそれぞれ第一、第二集団軍総司令に任命したが、
第一集団軍の任務は天津奪回、第二集団軍の使命は北京奪回と定めている。

このような事情では、日本側の   「限定戦争」   も   「戦いながらの和平工作」   も、
中国側がうけいれる可能性は少ない。》


66p
《   すでに、日中両国民は興奮している。
中国各地の反日、抗日、排日、侮日の気運は高まる一方であり、

川越・高会談がおこなわれた八月九日には、揚子江沿岸の日本人居留民
約二万九千二百三十人が、上海にひきあげてきた。



そして、その日、上海で、上海陸戦隊第一中隊長大山勇夫中尉と
一等水兵斎藤與蔵が殺害される事件が発生した。

大山中尉は、斎藤一水が運転する乗用車にのって、
虹橋飛行場南東隅の西門の北約百メートルの碑坊路を通行中、

上海市保安総団の一部に襲撃され、二人とも殺されたのである。》


つづく
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