8月6日 中国 長期戦略を決める
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/01/30 16:01 投稿番号: [726 / 2250]
日本が大幅に譲歩した和平案でもって、
これなら中国も応じてくれるだろうと甘い幻想を抱いていたころ、
中国は逆に戦争の準備をすすめていました。
戦史叢書 『支那事変
陸軍作戦1』
264〜265pには
《 中国においては8月6日、第一回国防会議を開催し、
次のような対日方針を決定していた
長期抗戦ヲ原則トシ
北支那方面防備ノ為其の主防禦線ヲ
保定 ― 滄州ノ線ニ、
第二線ヲ
彰徳 ― 済南ノ線ニ、
第三線ヲ
洛陽 ― 鄭州 ― 開封 ― 徐州 ― 淮陰ノ線ニ
選定シ
徹底的抗日戦ヲ 実施スル為
全般的ニハ
集団戦ヲ避ケ
消極戦ニ
終始スル如ク
各部門ニ亙 (わた) リ
戦備ノ充実ヲ期ス 》
とあり。
児島襄著 『日中戦争4』 文春文庫
78〜79pには
《 「勝倭の道」
「大敵に遇えば即退き、小敵に遇えば即戦う」
「対倭作戦」
「戦術でもって武器の不足を補う」
「戦術原則五項目」
一
要以 持久戦
消耗戦之決策
以 打破 敵人
速戦 即決 之 企図
ニ
要立 主動
敵攻我守
待 其気 衰力疲
我即 乗 出撃
三
要固守 陣地
堅忍不退
以 深溝 高塁 厚壁
粉砕 敵進攻
四
要利用 民力 地物
処処設穽防
従抗戦殺敵
五
要講求防制敵機
大砲戦車 毒気
之戦術
便其攻撃気効 》
とあります。
一、二は
「空間を以って時間に代える」
持久戦・消耗戦略で、
要するに日本軍を奥地に引きずり込み疲弊させる、というもの。
二は、主動的立場に立ち、敵が攻めれば我は守り、敵が疲れて其の気力の
衰えるのを待ち、我乗り出して撃つ
三は、深い溝、高い防塁、厚い壁で以って敵の進攻を粉砕し、陣地を固守し、
絶対に退かない。
四は、民衆の力、地の利を利用し、罠を仕掛けてのゲリラ戦
五は、空襲、大砲、戦車、毒ガスへの対策
です。
つまり、三つの防御ラインと、長期戦を目的とした戦争方針を作っていたわけです。
この文書だけでは、戦争準備は8月6日から始まったかのように見えますが、
本当は、もっと早くから始めていました。
つづく
これは メッセージ 725 (kireigotowadame さん)への返信です.
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