7月30日 反乱保安隊員処分の会議
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2011/01/12 18:36 投稿番号: [706 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
400〜401p
《 殷汝耕の救出処理は武官室の仕事である。
反乱保安隊の対策措置は特務機関の役目である。
私は殷汝耕の見た通州事件真相の聴取を終ると、すぐ特務機関に引き返した。
いったいこうした場合、殷汝耕の身柄は憲兵隊の牢屋に抑留すべきか、
それともホテルあたりに宿泊させて保護すべきか、
そういった点、軍の意向を確かめるために手間取っていた武官室は、
やがて方針が定まると、渡辺雄記事務官が数名の憲兵と一緒に、
安定門に出かけて行った。 そして殷汝耕及び専属伝令一名だけの入城を許可し、
これを東交民巷の六国飯店に送り込んだのである。
見張りの憲兵が交代で監視し、局外者との面接を一切、遮断するよう努めた。
一方、特務機関では、反乱保安隊に対する対策会議が開かれた。
平素温厚な笠井半蔵少佐が、いった。
「……このような残虐保安隊に飯を食わせてやるなんてもっての外です。
日本人を虐殺した彼等を、日本人の税金で賄ってやる義務がどこにありますか。
道義的にもそんな事は絶対必要ありません」
広部大隊誘導の立役者だった中島弟四郎中佐がその後を引き継いだ。
「ワシにいわせると、反乱保安隊には飯を食わせてやるよりも、弾を食わせてやる
必要があると思います。全員に洩れなく食わしてやらんければ腹の虫がおさまりません。
先ほどの補佐官の話によりますと、保安隊は今、安定門外に一杯、
充満しとるというじゃありませんか。
ワシに重機関銃二挺、貸して下さい。安定門にとんで行って、
その反乱保安隊をバリバリやっつけ、通州殉難日本人の仇討ちをして来ます。
そうしなきゃ、細木機関長や甲斐君達の霊に対して、ワシは全く相済まん」
中佐の眼は憤怒の涙さえ湛 (たた) えていた。
機関長は
「今すでに憲兵や警察局の連中が行って、武装解除だけはもうやり始めているらしい。
中島君の気持は納得出来る。しかしいったん丸腰にしてしまったやつに、
さらに弾をブチ込むという事はどうかな」
私も私の思いつき若干を述べ立てた。
「軍人としての気持の上では、確かに今中島顧問のいわれた通りです。
しかし列国軍環視のこの北京城において、丸腰の兵をバリバリやっつけたりしたら、
日本側にとってかなり不利益な反響をまき起すんじゃないでしょうか。
通州事件の結果、今各国は挙って中国人の蛮性を非難しています。
そこで日本側がバリバリやったら、中国も日本もドッチもドッチだ
っていう事になってしまいはせんでしょうか。
もちろん彼等に飯を食べさせてやる必要はありません」》
つづく
これは メッセージ 705 (kireigotowadame さん)への返信です.
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