7月29日 通州虐殺事件1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/27 18:43 投稿番号: [680 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
379〜380p
浜田巡査部長一家の惨劇
《 反乱保安隊は、日本守備隊を包囲し、日本特務機関を襲ったばかりでなく、
更に日本居留民の家を一軒残らず襲撃した。
そして破壊、掠奪、暴行、殺戮、およそ残虐の限りをつくしたのである。
通州邦人大虐殺の報が伝わると、日本国民の血は、にわかに逆流し始めた。
− 中国をたたけ! 蒋政権を倒せ、通州殉難二百の仇を報ずるまでは、
断じて戦の矛 (ほこ) を収めるべからず −
世諭はごうごうとして、日本全土を風靡 (ふうび) した。
彼等保安隊の残忍さについて守備隊に避難して来た数名の人々から、
当時の実情を聴いてみよう。
領事館警察巡査部長、浜田末喜氏夫人静江さんは、その日の惨禍におびえながら語った。
二十八日の晩、主人は当直勤務でしたので、私は五歳の満洲夫 (ますお) と
二歳の洋子を抱いて家で寝ておりました。
すると夜中の三時すぎ、表の方で火事が起ったのか、
ガラス戸がパーッと明るくなって参りました。
私はとび起きて外をみると、冀東保安隊が前の家を毀し、火を放っていました。
銃剣や抜身の大刀が、ギラギラその火に光っていました。
「大変だ!」 私はとっさに子供二人を両腕にかかえ、
押し入れの中にかくれて頭から蒲団をかぶりました。
ところが今度は裏口の方から、急にバリバリ音が聞え出しました。
二、三十名の保安隊が塀をたたき壊して私の家にとび込んで来たのです。
時計がちょうど四時を打っていました。
私はあまりの怖ろしさに、シッカリ両腕の子供を抱きしめました。
満洲夫の方はそれでももう、いくから恐怖心があると見えまして、
ジーッと息を殺して私にしがみついていましたが、洋子はまだ何の判別も
ありませんので窮屈なあまり、とうとう目を覚して泣き出してしまいました。
で、これを黙らせようと思いまして、私は乳房を含ませましたが、
この時はすでに、敵にさとられた後だったのです。
ドカーン、たちまち一発、手榴弾がたたきつけられ、左手に抱いていた洋子を粉砕、
その生温い血潮と肉片とは、私の頭から顔一面にベットリかかってしまいました。
一方満洲夫はこの手榴弾のために、股の肉をゴッソリそぎ取られ、
苦しさのあまりヒーヒー泣き叫んでおります。
保安隊の一人はツカツカ私のそばに進んで来まして、いきなり銃剣でもってグサリ!
私の右腋 (わき) の下を突き刺しました。
私がよろめくところをさらに靴で蹴り上げ、私の髪を鷲掴 (わしづか) みにすると、
ズルズル引きずって表の方に引っ張り出しました。
「お母ちゃん!痛いよう! お母ちゃん」 満洲夫の声が、彼の方から聞えて来ます。
しかしその時の私は、一目その満洲夫を振り返ってやる事さえも出来なかったのです。
保安隊は手当り次第掠奪を働き、倒れている私から、血のついた帯まで
外して持って行く始末です。やがて夜は次第に明け放れて来ました。
平常顔見知りの近所の中国人がだんだん集って来て、このありさまをジーッと
冷たい眼で眺めているのが、本当に口惜しゅうございました。》
つづく
379〜380p
浜田巡査部長一家の惨劇
《 反乱保安隊は、日本守備隊を包囲し、日本特務機関を襲ったばかりでなく、
更に日本居留民の家を一軒残らず襲撃した。
そして破壊、掠奪、暴行、殺戮、およそ残虐の限りをつくしたのである。
通州邦人大虐殺の報が伝わると、日本国民の血は、にわかに逆流し始めた。
− 中国をたたけ! 蒋政権を倒せ、通州殉難二百の仇を報ずるまでは、
断じて戦の矛 (ほこ) を収めるべからず −
世諭はごうごうとして、日本全土を風靡 (ふうび) した。
彼等保安隊の残忍さについて守備隊に避難して来た数名の人々から、
当時の実情を聴いてみよう。
領事館警察巡査部長、浜田末喜氏夫人静江さんは、その日の惨禍におびえながら語った。
二十八日の晩、主人は当直勤務でしたので、私は五歳の満洲夫 (ますお) と
二歳の洋子を抱いて家で寝ておりました。
すると夜中の三時すぎ、表の方で火事が起ったのか、
ガラス戸がパーッと明るくなって参りました。
私はとび起きて外をみると、冀東保安隊が前の家を毀し、火を放っていました。
銃剣や抜身の大刀が、ギラギラその火に光っていました。
「大変だ!」 私はとっさに子供二人を両腕にかかえ、
押し入れの中にかくれて頭から蒲団をかぶりました。
ところが今度は裏口の方から、急にバリバリ音が聞え出しました。
二、三十名の保安隊が塀をたたき壊して私の家にとび込んで来たのです。
時計がちょうど四時を打っていました。
私はあまりの怖ろしさに、シッカリ両腕の子供を抱きしめました。
満洲夫の方はそれでももう、いくから恐怖心があると見えまして、
ジーッと息を殺して私にしがみついていましたが、洋子はまだ何の判別も
ありませんので窮屈なあまり、とうとう目を覚して泣き出してしまいました。
で、これを黙らせようと思いまして、私は乳房を含ませましたが、
この時はすでに、敵にさとられた後だったのです。
ドカーン、たちまち一発、手榴弾がたたきつけられ、左手に抱いていた洋子を粉砕、
その生温い血潮と肉片とは、私の頭から顔一面にベットリかかってしまいました。
一方満洲夫はこの手榴弾のために、股の肉をゴッソリそぎ取られ、
苦しさのあまりヒーヒー泣き叫んでおります。
保安隊の一人はツカツカ私のそばに進んで来まして、いきなり銃剣でもってグサリ!
私の右腋 (わき) の下を突き刺しました。
私がよろめくところをさらに靴で蹴り上げ、私の髪を鷲掴 (わしづか) みにすると、
ズルズル引きずって表の方に引っ張り出しました。
「お母ちゃん!痛いよう! お母ちゃん」 満洲夫の声が、彼の方から聞えて来ます。
しかしその時の私は、一目その満洲夫を振り返ってやる事さえも出来なかったのです。
保安隊は手当り次第掠奪を働き、倒れている私から、血のついた帯まで
外して持って行く始末です。やがて夜は次第に明け放れて来ました。
平常顔見知りの近所の中国人がだんだん集って来て、このありさまをジーッと
冷たい眼で眺めているのが、本当に口惜しゅうございました。》
つづく
これは メッセージ 679 (kireigotowadame さん)への返信です.