7月29日 通州守備隊襲撃される4
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/25 15:42 投稿番号: [678 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
376〜377p
《 深更一時半、敵襲に備え、まんじりともせず待機の姿勢を保ち続けていたとき、
あわただしく、辻村中佐の部屋の扉をたたいた。
「司令官殿、電報が参りました。河辺旅団司令部からであります」
中佐は懐中電燈の光を頼りに電文を拾い読んだ。
「救援のため、萱島部隊主力を、直ちに貴地に派遣す。守備隊はあくまで、
現位置を固守しあるべし」 二十何通目かの無電が、ようやく通じたのだった。
救援隊が来る − の報は、たちまちの中に全兵員に伝えられた。
守備隊、自動車隊のつわもの達は、前途の曙光を見出して元気百倍した。
闇の中から自動車のエンジンの音が聞えてくる。いよいよ敵襲か。
兵は沈黙して耳をそばだてた。二、三の兵が銃を片手に、入口の方にとび出して行った。
まさしくトラックが一台、ヘッドライトをギラギラさせて、
しきりに兵舎の入り口を捜し求めている。
監視兵が 「止れッ、だれかッ」 と叫んだ。
「日本軍だあ、熱河から来た機械化兵団だあ」
そう言いながら自動車からとび降りた日本兵三名、
将校が先頭に立って入り口の方に歩き始めた。
この将校は関東軍の酒井機械化兵団司令部付の大島修理輜重兵大尉だった。
大尉は右腕を負傷しているとみえて、軍服には血潮が点々、滴 (したた) っていた。
大尉は辻村中佐に答えた。それによると順義に駐屯し、
酒井兵団の残置物件を監視していたが、昨日、突然反乱保安隊が襲撃して来た。
直ちにこれに応戦し、辛うじてこの方面に血路を切り開いてきた。
したがって通州でも保安隊が反乱を起した事は知らなかったという。
「ここに来られる途中、保安隊にはぶつかりませんでしたか」
と辻村中佐が聞くと
「今さき、この通州に入りがけ、あれは多分北門でしょうか、
城外で大勢の保安隊にぶつかったんです。
暗闇の中で制止を食いまして、こりゃあいかんと思ったもんですから、
遮二無二スピードを出して突破しちゃったんです。後の方から射撃してましたけれど」
「敵の兵力は」
「そう百名か二百くらい、道路脇に固まって休んでいました。
何しろ暗かったのと急いでおったのとで、はっきりした事はわかりませんでした。
それから城門の外に、野砲四門と弾薬が多数、放ったらかしたままになっていました」
「時に順義の戦闘で死傷者は出ませんでしたか」
「一緒にこちらに運んで来ていますが、戦死十一名、負傷は私の他に兵一名、
それから無傷の者がこの萩原曹長をふくめて十名です」
辻村中佐は明け方近く、ペンを走らせて河辺旅団長に宛て、電報報告をしたためた。
「冀東保安隊は二十九日夜は攻撃し来らず。目下なお城北、教導総隊付近に集結しあり。
兵力砲兵一中隊、歩騎工合計二千を下らず、萱島部隊は未だ到着しあらず。
我が方の損害、戦死将校二、兵十八、負傷将校一、下士官一、兵十一、
計三十三名、軍医及び衛生材料至急手配せられたし 辻村部隊長」
外には七月三十日の陽光が、鈍い光を営庭一杯に投げかけているところだった。》
つづく
376〜377p
《 深更一時半、敵襲に備え、まんじりともせず待機の姿勢を保ち続けていたとき、
あわただしく、辻村中佐の部屋の扉をたたいた。
「司令官殿、電報が参りました。河辺旅団司令部からであります」
中佐は懐中電燈の光を頼りに電文を拾い読んだ。
「救援のため、萱島部隊主力を、直ちに貴地に派遣す。守備隊はあくまで、
現位置を固守しあるべし」 二十何通目かの無電が、ようやく通じたのだった。
救援隊が来る − の報は、たちまちの中に全兵員に伝えられた。
守備隊、自動車隊のつわもの達は、前途の曙光を見出して元気百倍した。
闇の中から自動車のエンジンの音が聞えてくる。いよいよ敵襲か。
兵は沈黙して耳をそばだてた。二、三の兵が銃を片手に、入口の方にとび出して行った。
まさしくトラックが一台、ヘッドライトをギラギラさせて、
しきりに兵舎の入り口を捜し求めている。
監視兵が 「止れッ、だれかッ」 と叫んだ。
「日本軍だあ、熱河から来た機械化兵団だあ」
そう言いながら自動車からとび降りた日本兵三名、
将校が先頭に立って入り口の方に歩き始めた。
この将校は関東軍の酒井機械化兵団司令部付の大島修理輜重兵大尉だった。
大尉は右腕を負傷しているとみえて、軍服には血潮が点々、滴 (したた) っていた。
大尉は辻村中佐に答えた。それによると順義に駐屯し、
酒井兵団の残置物件を監視していたが、昨日、突然反乱保安隊が襲撃して来た。
直ちにこれに応戦し、辛うじてこの方面に血路を切り開いてきた。
したがって通州でも保安隊が反乱を起した事は知らなかったという。
「ここに来られる途中、保安隊にはぶつかりませんでしたか」
と辻村中佐が聞くと
「今さき、この通州に入りがけ、あれは多分北門でしょうか、
城外で大勢の保安隊にぶつかったんです。
暗闇の中で制止を食いまして、こりゃあいかんと思ったもんですから、
遮二無二スピードを出して突破しちゃったんです。後の方から射撃してましたけれど」
「敵の兵力は」
「そう百名か二百くらい、道路脇に固まって休んでいました。
何しろ暗かったのと急いでおったのとで、はっきりした事はわかりませんでした。
それから城門の外に、野砲四門と弾薬が多数、放ったらかしたままになっていました」
「時に順義の戦闘で死傷者は出ませんでしたか」
「一緒にこちらに運んで来ていますが、戦死十一名、負傷は私の他に兵一名、
それから無傷の者がこの萩原曹長をふくめて十名です」
辻村中佐は明け方近く、ペンを走らせて河辺旅団長に宛て、電報報告をしたためた。
「冀東保安隊は二十九日夜は攻撃し来らず。目下なお城北、教導総隊付近に集結しあり。
兵力砲兵一中隊、歩騎工合計二千を下らず、萱島部隊は未だ到着しあらず。
我が方の損害、戦死将校二、兵十八、負傷将校一、下士官一、兵十一、
計三十三名、軍医及び衛生材料至急手配せられたし 辻村部隊長」
外には七月三十日の陽光が、鈍い光を営庭一杯に投げかけているところだった。》
つづく
これは メッセージ 677 (kireigotowadame さん)への返信です.