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7月29日 通州守備隊襲撃される3

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/24 18:39 投稿番号: [677 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
374〜376p

《 通信兵は今朝から、無電のキーをたたき続けた。だが午後になっても、
どこからも応答がない。辻村中佐は、最後の肚を決めなければならなかった。

中佐は弾雨の中で、香月軍司令官に宛てた二通の報告書を認ためた。
そして守備隊雇傭の中国人通訳を呼んで俺が戦死したらお前はここを脱出し、

この報告書を、たとい幾日かかっても構わない。どんな方法をとっても差し支えない。
必ず軍司令官閣下にお届けしてくれと分厚い封筒を手渡した。



−   細木中佐の特務機関は街中に孤立していたが、今ごろいったいどんな風になって
いるだろう?   それにもまして、三百の居留民は果してみんな無事でいるだろうか   −。

だが守備隊は千数百名の敵を相手に、自分達を守っていくだけで精一杯なのである。
陽はまだ高かった。大陸の灼熱が、頭の真上からジリジリ照りつけていた。

今朝から息つく暇もない十時間余の激戦に、兵は疲れ切っていた。
気力だけが戦闘を持ちこたえているのだ。

銃眼に噛りついたまま、うつろな眼で、失神せんばかりの初年兵さえいる。
今日はまだ、朝飯も昼飯も水一滴も咽喉 (のど) を通していなかったのだ。



危険をおかして倉庫に弾薬を取りに行った二年兵が帰って来た。
彼は乾麺包とサイダーを両脇に抱え込み、敵弾を冒して戻って来た。

兵たちは小さな一包の乾麺包と、生ぬるいサイダー一本に喜色満面、
全員射撃の合い間合い間に乾麺包を貪り食い、

サイダーを喇叭 (ラッパ) 飲みして、空腹と渇とをいやすのだった。

弾薬の爆発は四時間の間、ひっきりなしに打ち続いた。
そして十七輛全部が爆発し終ると、午後の四時ごろ、ようやく下火になってきた。

だがまだ、そのあたりの材木や莚 (むしろ) などがブスブス音を立てていぶっていた。



  −   戦場に静けさが帰った。
どこからともなく爆音が聞えて来る。

白い入道雲の右上に一機、二機、三機、四機……十機。この編隊は、
熱河承徳の飛行場に在る、中富秀夫大佐の隷下の、戦爆連合の三編隊だった。

飯島飛行士から詳細な報告を聞いて、通州事件の勃発を知った大佐は、
独断十機に対して出動を命じたのである。

機影は見る見る中に大きくなり、爆音も高らかに通州上空を遊弋し始めた。
先頭を行く指揮官機からパッと白い煙が流れた。



信号拳銃だ。   −   敵の位置を示せ   −   敵は遮蔽物の下に影をひそめ、
息を殺しているのだから、上空からは全くその姿が見えないらしい。

辻村中佐は兵に命じ、兵器手入れ用の長い晒布(さらし)を持って来させ、屋上に布いた。

そして弾薬箱や雨樋などでにわか造りの矢印を形造し、
帽子を振って敵主力のいる東北方を指し示した。

  −   了解   −、機は両翼を大きく.ハングした。機はぐんぐん下降した。
爆撃の嵐、逃げ惑う保安隊の頭上には爆弾が雨と降りそそいだ。

一瞬にして主客顛倒し敵は、蒼惶囲みを解いて遠く城外に敗退して行った。



地上救援部隊の到着は依然予期できないが、
しかし守備隊はこの時漸 (ようや) く生気を取り戻したのだった。

辻村中佐はこの機会を利用し、各隊長を集め、夜間配備に関する要旨命令を下達した。

倉庫に貯蔵されてあった米俵、麦俵、兵室の藁(わら)蒲団までが
土嚢代りに兵舎の入り口に積み上げられた。


兵全員が急造のバリケートづくりに努力している折り、営庭の彼方から
五名の朝鮮婦人が柵を乗り越え、髪振り乱し、駆け込んで来た。

「助けて、助けて」   やっとそれだけいうと、あたりはばからず泣き崩れてしまった。

この五人を通じ、初めて通州邦人大虐殺の概貌 (がいぼう) が、
守備隊に伝えられたのである。》


つづく
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