7月29日 通州守備隊襲撃される1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/22 18:39 投稿番号: [675 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
372〜373p
《 二十九日、あけ方四時、銃声が響いた。辻村中佐は夢をさまされた。
続いて五、六発の銃声。南の方、営庭のかなたからである。
− 新南門には六名の我が監視兵と、保安隊の一部が警戒のため出ていたはずだ。
何か間違いでも起したのかも知れぬ −
中佐は軍服に身づくろいした。部屋の扉が激しくたたかれた。
中国兵の襲撃を知らせる守備隊長藤尾心一中尉の緊張した声だ。
営舎の廊下をあわただしく、靴音が乱れとんでいる。
中佐は、一昨日萱島部隊によって潰走させられた傅鴻恩部隊の反撃に違いない
と判断し、守備隊長と屋上に駆け上り、闇をすかして見ると、
営庭の周囲はすでに、蟻の這い出る隙もないまでに包囲されている。
敵兵は怪しい叫び声をあげて右往左往する。兵力は千名を下らず、とても傅鴻恩の
一ケ営くらいのものではない。二十九軍の増援部隊か、敵の実体が一向に掴めなかった。
中佐はこの時、守備地区高級先任者として、藤尾、山田の両隊を統轄指揮し、
直ちに戦闘部署を下命した。そして南半部を藤尾小隊、北半部を山田中隊に割り当てた。
営舎の屋上と営庭とには、我が防禦陣が布かれ、戦闘員たると非戦闘員たるとを問わず、
日本人と名のつく者は、一人残らず銃を執って起ち上り、
彼等の猛射に対して捨て身の応戦を試みる事となった。
二十六日の夜以来、この守備隊の北側兵舎に泊っていた山田自動車中隊の五十名は、
これから弾薬輸送に出発しようと脚絆を巻いている、
ちょうどその時銃声が始まったのである。
中隊長山田正大尉はさらに矢継ぎ早に、郡司准尉は西正面の故に、
望月少尉は東正面、望楼と衛兵所北側の突角は大塚上等兵が分隊を率いて
守備せよと命令した。
杉山分隊と堀尾分隊は予備隊として大尉のそばに置いたが、銃声はいよいよ激しくなり、
西正面からは敵兵突撃の「殺 (シャー)!」という喊声 (かんせい) さえも聞えてくる。
この時郡司准尉から山田大尉へ敵は二十九軍ではなくて、
冀東の保安隊であると最初の敵情がもたらされてきた。
南正面の敵は、続々守備隊営庭に入り込んで来た。
本部屋上の軽機関銃は、これに対して猛然火を吐いた。
敵はすでに本部兵舎の三、四十メートルの近距離に攻め寄せて来ている。
敵味方は兵舎の上と下で激しく射ち合った。戦闘はすでに完全な肉迫戦となって、
手榴弾の爆声が、兵舎の彼方でも此方でも盛んに起っていた。
辻村司令官と藤尾守備隊長とは、本部屋上で戦闘を指揮していた。
硝煙のにおいが鼻を衝いて流れてくる。
守備隊長は拳銃に弾丸を込めると、辻村中佐の方を振り返っていった。
「今、通信所に行って見て来たんですが、有線はスッカリ切られて全く使えません。
全力を挙げて無線に連絡をとらせているんですが、まだどこからも応答はありません」
味方に負傷者が出はじめた。
藤尾中尉は、その時兵営の外側に沿って、駈け歩で移動中の新しい敵部隊を発見した。
一歩乗り出し双眼鏡を眼にあてた瞬間、一弾が、中尉の胸板を射ち貫いた。
屋上、屋外の銃声、爆声は一しきり激しさを加えてきた。
辻村隊長の傍らにあった指揮班の兵が中尉の遺骸を隊長室に運んだ。
そして訣 (わか) れの敬礼を行なうと銃をとりあげ、
一散に元の持場に走り去って行った。》
つづく
372〜373p
《 二十九日、あけ方四時、銃声が響いた。辻村中佐は夢をさまされた。
続いて五、六発の銃声。南の方、営庭のかなたからである。
− 新南門には六名の我が監視兵と、保安隊の一部が警戒のため出ていたはずだ。
何か間違いでも起したのかも知れぬ −
中佐は軍服に身づくろいした。部屋の扉が激しくたたかれた。
中国兵の襲撃を知らせる守備隊長藤尾心一中尉の緊張した声だ。
営舎の廊下をあわただしく、靴音が乱れとんでいる。
中佐は、一昨日萱島部隊によって潰走させられた傅鴻恩部隊の反撃に違いない
と判断し、守備隊長と屋上に駆け上り、闇をすかして見ると、
営庭の周囲はすでに、蟻の這い出る隙もないまでに包囲されている。
敵兵は怪しい叫び声をあげて右往左往する。兵力は千名を下らず、とても傅鴻恩の
一ケ営くらいのものではない。二十九軍の増援部隊か、敵の実体が一向に掴めなかった。
中佐はこの時、守備地区高級先任者として、藤尾、山田の両隊を統轄指揮し、
直ちに戦闘部署を下命した。そして南半部を藤尾小隊、北半部を山田中隊に割り当てた。
営舎の屋上と営庭とには、我が防禦陣が布かれ、戦闘員たると非戦闘員たるとを問わず、
日本人と名のつく者は、一人残らず銃を執って起ち上り、
彼等の猛射に対して捨て身の応戦を試みる事となった。
二十六日の夜以来、この守備隊の北側兵舎に泊っていた山田自動車中隊の五十名は、
これから弾薬輸送に出発しようと脚絆を巻いている、
ちょうどその時銃声が始まったのである。
中隊長山田正大尉はさらに矢継ぎ早に、郡司准尉は西正面の故に、
望月少尉は東正面、望楼と衛兵所北側の突角は大塚上等兵が分隊を率いて
守備せよと命令した。
杉山分隊と堀尾分隊は予備隊として大尉のそばに置いたが、銃声はいよいよ激しくなり、
西正面からは敵兵突撃の「殺 (シャー)!」という喊声 (かんせい) さえも聞えてくる。
この時郡司准尉から山田大尉へ敵は二十九軍ではなくて、
冀東の保安隊であると最初の敵情がもたらされてきた。
南正面の敵は、続々守備隊営庭に入り込んで来た。
本部屋上の軽機関銃は、これに対して猛然火を吐いた。
敵はすでに本部兵舎の三、四十メートルの近距離に攻め寄せて来ている。
敵味方は兵舎の上と下で激しく射ち合った。戦闘はすでに完全な肉迫戦となって、
手榴弾の爆声が、兵舎の彼方でも此方でも盛んに起っていた。
辻村司令官と藤尾守備隊長とは、本部屋上で戦闘を指揮していた。
硝煙のにおいが鼻を衝いて流れてくる。
守備隊長は拳銃に弾丸を込めると、辻村中佐の方を振り返っていった。
「今、通信所に行って見て来たんですが、有線はスッカリ切られて全く使えません。
全力を挙げて無線に連絡をとらせているんですが、まだどこからも応答はありません」
味方に負傷者が出はじめた。
藤尾中尉は、その時兵営の外側に沿って、駈け歩で移動中の新しい敵部隊を発見した。
一歩乗り出し双眼鏡を眼にあてた瞬間、一弾が、中尉の胸板を射ち貫いた。
屋上、屋外の銃声、爆声は一しきり激しさを加えてきた。
辻村隊長の傍らにあった指揮班の兵が中尉の遺骸を隊長室に運んだ。
そして訣 (わか) れの敬礼を行なうと銃をとりあげ、
一散に元の持場に走り去って行った。》
つづく
これは メッセージ 673 (kireigotowadame さん)への返信です.