7月26〜27日 広部大隊救出行動5
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/10 18:42 投稿番号: [662 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
338〜339p
《 大隊長は各隊長を集めて、大隊の集結命令を下達した。
集合場所は自動車隊の位置。時間は即刻。そして最後に大隊長は
「幹部は兵の頭から、大隊はまだ、敵の重囲の中に在るんだという観念を、
絶対失わせてはいかんぞ」 と特に力強く付け加えた。
トラックの上からは負傷兵の呻 (うめ) きが、とぎれとぎれに聞えて来る。
上島成人軍医と丹羽一郎軍医とが、全身血沫を浴びながら、
懐中電燈の光を頼りにそれ等に応急の手当を施している。笠井顧問と私とは
傷兵の一人一人に 「しっかりしろ、元気を出せよ」 と激励して歩いた。
その時、真ッ白い中国服を着た男が、ヌーッと私のそばに近寄って来た。
私はだれだとどなった。
「 寺平大尉、まさかこんなところに君が来ていようとは思わなかったよ」
これが今日、広部大隊を誘導して来た軍事顧問、中島弟四郎中佐である。
もう午前零時半である。部隊は次第次第に集まって来た。
暗がりの中からゴロゴロ人力車を引いて来る兵がある。
車の上には白い敷布がかけてあった。
「一体全体、あの兵隊は何しとるんだ? この戦争の真ッ最中に洋車 (ヤンチョ) 引きの
真似なんかして……」 かたわらの軍曹がそれに答えた。
「ハ、あれは戦友向俊暁 (むかいとしあき) の死体を運んで来るんであります」
私はその車に近づいていった。そしてその覆いの一端を外してみた。
頭部盲管銃創の壮烈な最期である。朱のような鮮血がベトベトと敷布を濡らしている。
タッタ今さき、護国の神と化し去ったばかりの英霊に対し、
私は敬虔な態度で、感謝と哀悼の真心を捧げた。
続いてまた一台、今度は前原初年兵の遺骸が運ばれて来る。
同盟通信の三木雅之助特派員もまた、その大きな身体に数発の敵弾をうけ、
僚友二人に支えられながら、この集合位置にやって来た。
「第四中隊がまだ集って参りません」 さきほどの軍曹の声だ。
「そうか。もうやがてやって来るだろう。ちょっとその辺まで連絡に行ってみろ」 と
大隊副官が命令した。ちょうどその時、第四中隊十数名が広安門の方から、
足音も静かに集合位置にやって来た。
静かなのも道理、この中隊は全員跣足 (はだし)、そして各々靴を片手にブラ下げている。
夜襲のため、城壁によじ登る準備を整えていたものらしい。
その時遠くの方で 「桜井、桜井顧問はおらぬか」 しきりに桜井顧問を呼ぶ声がする。
中島軍事顧問の声だ。
「桜井! 桜井少佐!」 狂おしいまでに疳 (かん) 高い叫び声は本道の方から聞えて来る。
広安門の敵が鳴りをひそめているのは、周参謀が説得したからとはいえ、
決してそれで戦闘意欲がなくなってしまったというわけではない
いや、彼等こそ、今の今まで日本軍を敵に回して戦っていたのだから、
その敵愾心 (てきがいしん) は極めて旺盛なはずである。
その敵の真近まで、身に寸鉄も帯びない中島顧問が、
桜井顧問の安否を尋ねて探しに行こうというのだ。》
つづく
338〜339p
《 大隊長は各隊長を集めて、大隊の集結命令を下達した。
集合場所は自動車隊の位置。時間は即刻。そして最後に大隊長は
「幹部は兵の頭から、大隊はまだ、敵の重囲の中に在るんだという観念を、
絶対失わせてはいかんぞ」 と特に力強く付け加えた。
トラックの上からは負傷兵の呻 (うめ) きが、とぎれとぎれに聞えて来る。
上島成人軍医と丹羽一郎軍医とが、全身血沫を浴びながら、
懐中電燈の光を頼りにそれ等に応急の手当を施している。笠井顧問と私とは
傷兵の一人一人に 「しっかりしろ、元気を出せよ」 と激励して歩いた。
その時、真ッ白い中国服を着た男が、ヌーッと私のそばに近寄って来た。
私はだれだとどなった。
「 寺平大尉、まさかこんなところに君が来ていようとは思わなかったよ」
これが今日、広部大隊を誘導して来た軍事顧問、中島弟四郎中佐である。
もう午前零時半である。部隊は次第次第に集まって来た。
暗がりの中からゴロゴロ人力車を引いて来る兵がある。
車の上には白い敷布がかけてあった。
「一体全体、あの兵隊は何しとるんだ? この戦争の真ッ最中に洋車 (ヤンチョ) 引きの
真似なんかして……」 かたわらの軍曹がそれに答えた。
「ハ、あれは戦友向俊暁 (むかいとしあき) の死体を運んで来るんであります」
私はその車に近づいていった。そしてその覆いの一端を外してみた。
頭部盲管銃創の壮烈な最期である。朱のような鮮血がベトベトと敷布を濡らしている。
タッタ今さき、護国の神と化し去ったばかりの英霊に対し、
私は敬虔な態度で、感謝と哀悼の真心を捧げた。
続いてまた一台、今度は前原初年兵の遺骸が運ばれて来る。
同盟通信の三木雅之助特派員もまた、その大きな身体に数発の敵弾をうけ、
僚友二人に支えられながら、この集合位置にやって来た。
「第四中隊がまだ集って参りません」 さきほどの軍曹の声だ。
「そうか。もうやがてやって来るだろう。ちょっとその辺まで連絡に行ってみろ」 と
大隊副官が命令した。ちょうどその時、第四中隊十数名が広安門の方から、
足音も静かに集合位置にやって来た。
静かなのも道理、この中隊は全員跣足 (はだし)、そして各々靴を片手にブラ下げている。
夜襲のため、城壁によじ登る準備を整えていたものらしい。
その時遠くの方で 「桜井、桜井顧問はおらぬか」 しきりに桜井顧問を呼ぶ声がする。
中島軍事顧問の声だ。
「桜井! 桜井少佐!」 狂おしいまでに疳 (かん) 高い叫び声は本道の方から聞えて来る。
広安門の敵が鳴りをひそめているのは、周参謀が説得したからとはいえ、
決してそれで戦闘意欲がなくなってしまったというわけではない
いや、彼等こそ、今の今まで日本軍を敵に回して戦っていたのだから、
その敵愾心 (てきがいしん) は極めて旺盛なはずである。
その敵の真近まで、身に寸鉄も帯びない中島顧問が、
桜井顧問の安否を尋ねて探しに行こうというのだ。》
つづく
これは メッセージ 661 (kireigotowadame さん)への返信です.