7月26日 広部大隊救出行動2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/12/07 18:21 投稿番号: [659 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
334〜335p
《 途中、機関へ電話連絡すると、
豊台を出発した福田部隊は明午前二時半、広安門攻撃を開始するという。
とすれば我々の和平交渉に必要な時間は四時間足らずである。
ところが我々の車は数百メートルごとに中国兵によって誰何され
ストップを命じられ、これではいつになったら現場に到着できるかわからない。
ままよ、自動車のまま強行突破しようとなった。
徐行しながら一行の後からついて来た顧問用の自動車は、この時ヘッドライトを、
こうこうと照らし始めた。五人は寿司詰めになって、その一台の自動車に乗り込んだ。
広瀬秘書は運転台の傍らに在って、ヘッドライトの前に白旗を振りかざしながら進んだ。
中国軍の最前線は、そのころ東北大学運動場の付近にあった。
最後にこのあたりの部隊を道路の奥に追い込んでしまって、
そこの連長に別れを告げようとしたら、連長は親切に
「この前方には、中国兵はもう一兵も出ていませんよ。これから先は全部日本軍です。
気をつけて行かぬとこの少し先で、機関銃が猛烈に射ち出しますよ」 と注意してくれた。
自動車が出発したとたん、ダダダ‥…・と真ッ正面から機関銃弾が、
自動車の屋根の上をかすめて飛んだ。
広安門上の中国軍が、ヘッドライトを目標に射ったものらしい。
「かまわぬ。弾道は高い。ドンドン素ッ飛ばせ」追風をうけて、
漠々たる砂ほこりの中を、まっしぐらに広安門目ざして突き進んだ。
・・・
広安門に近づいて行くと、街路上には一輪車、人力車、樽や屋台やが
自動車の前進を邪魔するかのように、点々取り散らかされていた。
これは七時十五分、広安門の銃声一発と共に、このあたりの住民がその大切な
商売道具を放ったらかして、逃げ散って行ってしまった姿である。
道路の右側で銃剣がピカリと光った。同時に日本語で
「だれかッ!」 力強い歩哨の問査。
自動車はピタリ、その前で停まった。
まず私が白旗を携えて車からとび降りた。続いて笠井顧問、周参謀!。
「北京特務機関補佐官寺平大尉だ。大隊本部の位置はどこか」
「この狭い通りをまっすぐ北の方へ進んで行った奥であります」
ここは広安門大街と北綫閣 (ほくせんかく) との交差点、二挺の重機関銃が、
我々の今来た菜市口方向に向って、いつでも火蓋を切る事が出来るように据えつけてある。
「小隊長はおらぬか」
「すぐそこにおられます。お呼び致しましょう。小隊長殿、小隊長殿」
声に応じてはせつけたのは、今日の城門突破の戦闘に、
トラック上自ら重機関銃の引鉄を引いて、
さんざん中国軍を悩ました機関銃小隊長市川貞一中尉である。
大隊本部の位置を聞くと、市川中尉は伝令をつけてくれた。中尉は桜井顧問は
どこにいるか知らないが、中島顧問は確か大隊本部にいたと思うと教えてくれた。
二ヶ分隊ばかりの兵が道路の東側に折り敷けしていた。
いつどこから敵がとび出して来るかもわからない情況下において、
非常な緊張ぶりで四周に対して警戒していた。
「周さん、私は大隊長のところに行って連絡をとってくるから、
あなたは広安門に行って、日本軍の移動に際し、城門上の中国軍が絶対射撃しないよう、
厳重注意を与えて来てくれ給え。このさい、一発でも射ったら、それこそ日本軍は
即座に反転して、また広安門を攻撃するからね」 血なまぐさい広安門の下で、
今日の任務を最も完全に果すため、一行は、それぞれ新しい持場について行った。》
つづく
334〜335p
《 途中、機関へ電話連絡すると、
豊台を出発した福田部隊は明午前二時半、広安門攻撃を開始するという。
とすれば我々の和平交渉に必要な時間は四時間足らずである。
ところが我々の車は数百メートルごとに中国兵によって誰何され
ストップを命じられ、これではいつになったら現場に到着できるかわからない。
ままよ、自動車のまま強行突破しようとなった。
徐行しながら一行の後からついて来た顧問用の自動車は、この時ヘッドライトを、
こうこうと照らし始めた。五人は寿司詰めになって、その一台の自動車に乗り込んだ。
広瀬秘書は運転台の傍らに在って、ヘッドライトの前に白旗を振りかざしながら進んだ。
中国軍の最前線は、そのころ東北大学運動場の付近にあった。
最後にこのあたりの部隊を道路の奥に追い込んでしまって、
そこの連長に別れを告げようとしたら、連長は親切に
「この前方には、中国兵はもう一兵も出ていませんよ。これから先は全部日本軍です。
気をつけて行かぬとこの少し先で、機関銃が猛烈に射ち出しますよ」 と注意してくれた。
自動車が出発したとたん、ダダダ‥…・と真ッ正面から機関銃弾が、
自動車の屋根の上をかすめて飛んだ。
広安門上の中国軍が、ヘッドライトを目標に射ったものらしい。
「かまわぬ。弾道は高い。ドンドン素ッ飛ばせ」追風をうけて、
漠々たる砂ほこりの中を、まっしぐらに広安門目ざして突き進んだ。
・・・
広安門に近づいて行くと、街路上には一輪車、人力車、樽や屋台やが
自動車の前進を邪魔するかのように、点々取り散らかされていた。
これは七時十五分、広安門の銃声一発と共に、このあたりの住民がその大切な
商売道具を放ったらかして、逃げ散って行ってしまった姿である。
道路の右側で銃剣がピカリと光った。同時に日本語で
「だれかッ!」 力強い歩哨の問査。
自動車はピタリ、その前で停まった。
まず私が白旗を携えて車からとび降りた。続いて笠井顧問、周参謀!。
「北京特務機関補佐官寺平大尉だ。大隊本部の位置はどこか」
「この狭い通りをまっすぐ北の方へ進んで行った奥であります」
ここは広安門大街と北綫閣 (ほくせんかく) との交差点、二挺の重機関銃が、
我々の今来た菜市口方向に向って、いつでも火蓋を切る事が出来るように据えつけてある。
「小隊長はおらぬか」
「すぐそこにおられます。お呼び致しましょう。小隊長殿、小隊長殿」
声に応じてはせつけたのは、今日の城門突破の戦闘に、
トラック上自ら重機関銃の引鉄を引いて、
さんざん中国軍を悩ました機関銃小隊長市川貞一中尉である。
大隊本部の位置を聞くと、市川中尉は伝令をつけてくれた。中尉は桜井顧問は
どこにいるか知らないが、中島顧問は確か大隊本部にいたと思うと教えてくれた。
二ヶ分隊ばかりの兵が道路の東側に折り敷けしていた。
いつどこから敵がとび出して来るかもわからない情況下において、
非常な緊張ぶりで四周に対して警戒していた。
「周さん、私は大隊長のところに行って連絡をとってくるから、
あなたは広安門に行って、日本軍の移動に際し、城門上の中国軍が絶対射撃しないよう、
厳重注意を与えて来てくれ給え。このさい、一発でも射ったら、それこそ日本軍は
即座に反転して、また広安門を攻撃するからね」 血なまぐさい広安門の下で、
今日の任務を最も完全に果すため、一行は、それぞれ新しい持場について行った。》
つづく
これは メッセージ 658 (kireigotowadame さん)への返信です.