入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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7月26日 広安門事件2 開門

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/28 15:23 投稿番号: [650 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
322〜323p

《 灰色の中国服を着た彼は朴訥 (ぼくとつ) な日本語で
林耕宇がどこへ行ってしまったか見当らないので、

宋委員長の代表として、開門の立会いにやって来たむねを伝えた。
そして、城門が開いていることを確認した。



「うん、特務機関員をやって今開けさせたところだ。
城門一つ開けるのに、俺達にこんなに世話を焼かせるようじゃだめじゃないか。

オオ、王連長、部隊をこんな姿勢で配置しといちゃいかん。
日本軍が入って来た場合、命令なしで勝手に射撃を始めてしまうぞ。

鉄砲はみんな下に置かせろ。そして兵は城壁の下をのぞかせないよう全員遮蔽だ。
直ちに実行させろ」   と顧問がいった。

連長は幹部を呼び集め、その通り命令を伝えた。
兵は皆、銃を地に置いて、それぞれの持ち場に腰をおろした。

百三十二師の方にもこの命令が伝わって行ったと見え、
同じように銃を手から離して遮蔽し始めた。入城準備は完了した。



吉富機関員はこの時、片側開きにされた門扉のところで城門の監視。
桜井顧問と川村機関員とは城壁上、楼門北側で中国軍の行動を監視することにした。

やがて西楼門の北側、街道に面した城壁上から上半身を乗り出した桜井顧問は、
広安門外、橋のたもとに立っていた巡警を呼び寄せ

「オイ、この名刺をあっちの踏切の所にいる、日本軍に持って行って、
中島という軍事顧問に届けて来い。急いで行け」

と、城門の上から名刺を落した。それを拾った巡警は一散に走った。



広部大隊は広安門の西方一千メートル、接待寺付近に到着した時、
広安門が閉鎖されているという報告を聞いた。

そこで一応全部隊を下車させ、警戒を厳にして中島顧問の
開門交渉の結果を、待ちわびていた。

午後七時、中島顧問が自動車をとばして帰り、大隊長にいった。

「桜井顧問が城門のところに来ています。
この名刺を巡警に持たせて寄こし、すぐ入城するよういってきました」

鉄兜をつけた広部大隊長は、大隊幹部にどのような情況にも
対応できるよう訓示を与え、出発を命じた。



長い夏の陽ざしは、まだあかあかと照りつけている。
しかし暑さはいく分衰えて、天寧寺の木立からは、蜩(ひぐらし)の声が流れて来ていた。

広安門街道を、一隊二十六輌の自動車が、動き始めた。
トラックの上の銃剣の穂先、夕陽に映える鉄兜。本田特派員の乗用車が、

トップを切って走っている。次が広部少佐、中島顧問の指揮官車である。
桜井顧問と川村とは、西楼城壁上から白旗を打ち振り入城部隊に合図を続けた。》


つづく
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