入って中国人に南京事件真相議論しましょう

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7月26日 広安門事件1 開門交渉

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/27 15:06 投稿番号: [649 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇   盧溝橋事件』 読売新聞社刊
321〜322p

《 桜井顧問は特務機関に戻り、進徳社に連絡して、私を電話口に呼び出した。
そして語気鋭く城門閉門のいきさつと交渉方を伝えた。

ちょうど最後通牒を手交し終って、一同が席を立ったばかりだったので、
私は秦徳純と陳覚生に広安門開扉の件を要求した。

彼等は言を左右にして、容易に即答しようとしない。



私はいった。 「この間題に関する限り、あなたがたが即刻善処なさらないと、
両軍衝突は必至です。最大の不祥事が惹起される事になります。

特務機関は軍事折衝機関です。
部隊に対しては指揮権もなければ命令権も持っていません。

だから衝突してしまったが最後、私の方としては一切責任は負えない。
部隊の入城目的はすでに連絡した通りです。

この際両軍の衝突を回避し得る道はただ一つ、あなたの誠意ある実行、
これあるのみです。どうか即刻、決心して下さい」

機関側の実行督促、要求に、秦徳純にはどのような計算があったのか
「では直ちに開門させる事に致しましょう」   と約諾した。



電話命令だけでは誤解を生じやすいので、機関の要求によって中国側から
外交委員会の林耕宇が開門処理に立ち合うことになった。

桜井顧問はこれを聞くと、城門監視のため、川村、吉富両機関員を伴って、
ふたたび広安門に車を走らせた。

一行が広安門に着いた時には開門の命令はすでに宋軍長の名をもって、
電話されてきていた。

まだ林耕宇は来ていなかったが、ともかく全般の態勢を見届けようと
王連長を先に立て、一行は広安門の城壁上に登って行った。



見下すと、西の楼門の扉は、閂こそかかっていないがまだ開けられてはいない。
桜井顧問が   「あいつらに開けさせるんでは信用が出来ん。こっちで開けてやろう。

おい吉富、君は行ってすぐあの城門を開けて来い。唯開けただけじゃだめだ。
部隊が通り終るまでずっと城門のところで監視しておれ」   という。

桜井顧問が城壁上を見渡すと、東西二つの楼門と城壁とには、
土嚢が一杯積み重ねられ、銃眼には小銃、機関銃が城外に向けて、配置されている。

西の楼門には三十七師の武装兵が六、七十名、東の楼門とその一帯の城壁上には、
百三十二師の兵が同じく武装して六、七十名、守備についていて、

異様な興奮の中に語気荒く喚めき立てていた。



三十七師の兵は前々から北京付近に駐屯していたので、顧問の顔は皆よく知っていた。
が、百三十二師の方は、つい数日前、河北省南部の田舎から出て来たので

北京の様子もわからず、まして顧問の顔は知らない。今日は警備交代の日で、
両師の部隊がちょうど現地で警備の引き継ぎをやっているところだった。

顧問の腹は、これら兵士に絶対無抵抗を要求し、
なにがあれ、広部大隊を無事通過させることにしていた。

この時、宋哲元の秘書、張祖徳が城壁を登って来た。》


つづく
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