7月26日 広安門事件3 射撃される
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/29 18:58 投稿番号: [651 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
323〜325p
《 やがて先頭車が吸い込まれるように城門を入って行った。二番が入った。
続いて先兵が乗っている三車輌が、城門に入ろうとした刹那 (せつな)、
東楼門の南側、五十メートルと覚しき城壁上から、激しい銃声が湧き起った。
緊張していた静寂な空気は破れ、間髪をいれず、
城壁上、彼方 (あち) 此方 (こち) の小銃、軽機関銃が一斉に
火蓋を切って、車上の日本軍めがけて弾丸の雨を浴せかけた。
城壁上の桜井顧問は 「やったなっ」 と叫ぶなり、まず身近に据えつけられてあった
軽機関銃に躍りかかり射撃操作に移ろうとしている中国兵を押し飛ばし、
銃身を蹴倒して 「連長、射撃をやめさせろッ」 とどなりつけると共に
「別放槍 (ビェファンチャン)! 別放槍!」 (射撃するなッ!)
と中国兵に大声で叫んだ。川村も白旗を翻し、大声で射撃中止を命じたが、
中国兵はもう半狂乱の態で耳を藉 (か) す余裕はない。
それどころか制止する足の下から乱射乱撃を続けている。
東楼百三十二師の兵は、その真下を通るトラック目掛けて、手榴弾を投じ始めた。
爆声と銃声が、城壁にこだましてすさまじい音響をつくり、
広安門一帯は硝煙渦巻く修羅場と化してしまった。
広部大隊長はフルスピードを命じた。
青白い火花がすぐ眼の前で、電光のように閃めく。その手榴弾の雨をくぐって、
トラックの一隊は車上から応戦しつつ、一台、また一台、広安門を突破して行った。
城内に躍り込んだ指揮官車は、城門から東、三百五十メートルも突き進んで
関帝廟の前で停車した。
振り返ると城門付近は、硝煙がもうもうと立ちこめ、後続のトラック隊がその煙の中を、
苦戦しながら突破して来るのが、手にとるように見える。
城門を突破し、関帝廟に集結した入城車輌は合計十二台、十四車輌から以後は
不法火力のため、城外に阻止され、大隊は城内と城外とに分断されてしまった。
大隊長の命令に応じ、道路の北側に集結した部隊は、大隊本部、第五中隊、
および長以下十八名だけの第四中隊、それに市川中尉の機関銃一ケ小隊、
合計兵力は百四十名だった。
自動車隊長早川大尉は、車輌を本道北側の胡同内に収容したが、トラックは、
いずれも損傷をこうむり、ひどい車は二十七発もの弾痕を車体に留めていた。
一方、城壁上の桜井顧問は、日華双方の弾雨の中、危険を冒して説得を続けたが、
二人の捨て身の努力が功を奏し、銃声は次第に下火になって来た。
「大分静まったようだな。
この機会に中国側に、もう一遍喧ましく交渉しとかにゃいかん。
張祖徳は居らんか! おい、張祖徳はどこへ行った?」
生れて初めて弾丸の洗礼をうけた宋哲元の秘書の張祖徳は、
オドオドしてしまって心も全く上の空である。
城壁の一角で小さくなっていたが、それでもやがて桜井顧問の呼び声に顔を出した。
「今の情況はお前の見ていた通りだ。すぐ宋委員長の所に報告しろ。
そしてこれから後、絶対射撃させないよう宋委員長に命令を下させるんだ」
王連長も部下に対して 「宋軍長の命令だ。いかなる事態が起っても決して
射撃してはいかんぞ」 と声を枯らして伝達した。
事態は漸 (ようや) く平静をとり戻した。
遥かに蝉の声まで聞え始めるようになって来た。》
つづく
323〜325p
《 やがて先頭車が吸い込まれるように城門を入って行った。二番が入った。
続いて先兵が乗っている三車輌が、城門に入ろうとした刹那 (せつな)、
東楼門の南側、五十メートルと覚しき城壁上から、激しい銃声が湧き起った。
緊張していた静寂な空気は破れ、間髪をいれず、
城壁上、彼方 (あち) 此方 (こち) の小銃、軽機関銃が一斉に
火蓋を切って、車上の日本軍めがけて弾丸の雨を浴せかけた。
城壁上の桜井顧問は 「やったなっ」 と叫ぶなり、まず身近に据えつけられてあった
軽機関銃に躍りかかり射撃操作に移ろうとしている中国兵を押し飛ばし、
銃身を蹴倒して 「連長、射撃をやめさせろッ」 とどなりつけると共に
「別放槍 (ビェファンチャン)! 別放槍!」 (射撃するなッ!)
と中国兵に大声で叫んだ。川村も白旗を翻し、大声で射撃中止を命じたが、
中国兵はもう半狂乱の態で耳を藉 (か) す余裕はない。
それどころか制止する足の下から乱射乱撃を続けている。
東楼百三十二師の兵は、その真下を通るトラック目掛けて、手榴弾を投じ始めた。
爆声と銃声が、城壁にこだましてすさまじい音響をつくり、
広安門一帯は硝煙渦巻く修羅場と化してしまった。
広部大隊長はフルスピードを命じた。
青白い火花がすぐ眼の前で、電光のように閃めく。その手榴弾の雨をくぐって、
トラックの一隊は車上から応戦しつつ、一台、また一台、広安門を突破して行った。
城内に躍り込んだ指揮官車は、城門から東、三百五十メートルも突き進んで
関帝廟の前で停車した。
振り返ると城門付近は、硝煙がもうもうと立ちこめ、後続のトラック隊がその煙の中を、
苦戦しながら突破して来るのが、手にとるように見える。
城門を突破し、関帝廟に集結した入城車輌は合計十二台、十四車輌から以後は
不法火力のため、城外に阻止され、大隊は城内と城外とに分断されてしまった。
大隊長の命令に応じ、道路の北側に集結した部隊は、大隊本部、第五中隊、
および長以下十八名だけの第四中隊、それに市川中尉の機関銃一ケ小隊、
合計兵力は百四十名だった。
自動車隊長早川大尉は、車輌を本道北側の胡同内に収容したが、トラックは、
いずれも損傷をこうむり、ひどい車は二十七発もの弾痕を車体に留めていた。
一方、城壁上の桜井顧問は、日華双方の弾雨の中、危険を冒して説得を続けたが、
二人の捨て身の努力が功を奏し、銃声は次第に下火になって来た。
「大分静まったようだな。
この機会に中国側に、もう一遍喧ましく交渉しとかにゃいかん。
張祖徳は居らんか! おい、張祖徳はどこへ行った?」
生れて初めて弾丸の洗礼をうけた宋哲元の秘書の張祖徳は、
オドオドしてしまって心も全く上の空である。
城壁の一角で小さくなっていたが、それでもやがて桜井顧問の呼び声に顔を出した。
「今の情況はお前の見ていた通りだ。すぐ宋委員長の所に報告しろ。
そしてこれから後、絶対射撃させないよう宋委員長に命令を下させるんだ」
王連長も部下に対して 「宋軍長の命令だ。いかなる事態が起っても決して
射撃してはいかんぞ」 と声を枯らして伝達した。
事態は漸 (ようや) く平静をとり戻した。
遥かに蝉の声まで聞え始めるようになって来た。》
つづく
これは メッセージ 650 (kireigotowadame さん)への返信です.