7月26日 最後通牒の手交 2
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/22 18:37 投稿番号: [644 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
307〜309p
《 やがて無表情なボーイが出て来て、無言のまま我々を大客庁に案内した。
満面に笑みを湛えながら入口に出迎えたのは、京綏鉄路局長兼冀察の総参議、
張維藩である。
機関長が今日の来訪の趣旨を通ずると、張維藩は
「非常に暑いところを大変ご苦労様でした。どうぞお掛け下さい」 と言い、
煙草をすすめたうえ、言葉を継いで 「実は今日、宋委員長はあいにく頭痛で
休んでおられるのです。それで私が委員長の代理としてお目にかかり、
何のお話に限らず一切責任をもって、間違いなくお伝えする事に致しましょう」
と劈頭 (へきとう) から逃げを張って来た。
そこで機関長 「実は、今日、私は日本軍司令官の代理という資格でお伺いしたのです。
だからどうしても宋委員長にお会いしたい。
もしご病気というのならば、病室までお伺いしても構わない」 と強くいった。
それに敗けた張維藩は、都合を伺ってくると奥に去った。
ガランと広い大客庁、天井の扇風機の音だけがやけに耳に響く。大木参謀が
「宋哲元先生、もうすっかり参っちゃってるんだよ。
ここに顔を出せば機関長から例の懸案について突っ込まれるし、
そういつまでも放ってはおけないからなんとか即答しなけりゃならない。
頭も少しは痛くなるだろうさ」 といった。
張維藩はなかなか戻って来ない。庭先では油蝉がやかましく鳴き続けている
十五分ばかり経ってようやく張維藩が戻って来た。秦徳純も一緒にやって来た。
張維藩は座につくなり 「委員長は何とも高熱のためお会い出来ませんので
どうぞ悪しからず。その代り秦市長に来て頂くことにしました」
秦徳純は何となく浮かない顔に薄い笑みを浮べながら、小声で
「私と張局長と、二人で委員長の代理としてお話を承る事に致します。
今日は大事なお話があると承りましたが」
機関長は秦徳純の方に向き 「今日は私達、特別の任務をもってやって来ているんです。
委員長が病気というのなら長い時間はとらせません。一分でも三十秒でも結構です。
病室に通していただけませんか」 「その……今も申し上げたような次第でして……」
この押し問答がかれこれ十分以上も続けられた。
たいていの者ならシビレを切らしてしまうころだ。
我等が今、突き付けようとするのは最後の通告書一枚だけだ。
ただ一枚の通告書を宋哲元に手渡しさえすれば、それで機関側の任務は達成出来るのだ。
この土壇場に臨んで物を聞く必要もなければ、意見を述べる事も要しない。
温厚な機関長もいささかいら立って来た。
「通告書の手渡しさえいかぬといわれるからにはやむを得ない。
貴方のお考えは極めて明瞭だ。
全面的衝突を覚悟の上でこの通告書を撤回しろといわれるんですな」
仮病にせよ重態にせよ、我々のこれほどまでの懇望がきき入れられないのは、
彼に一片の誠意がないからだ。それだけはハッキリしている。
否、宋哲元が我々に会わないというのは、恐らく宋哲元の本意ではあるまい。
今や宋哲元に代ってこの冀察を牛耳っている秦徳純と馮冶安の二人が
中間に介在して妨げているに違いないのだ。
張、秦二人が 「それじゃあもう一回、伺って参りますから」 といって座を外した。
冀察の心臓部進徳社では、こうして日華双方の代表が虚々実々、
拡大か不拡大かの大きな疑問符をめぐって、お互いが画策する。》
つづく
307〜309p
《 やがて無表情なボーイが出て来て、無言のまま我々を大客庁に案内した。
満面に笑みを湛えながら入口に出迎えたのは、京綏鉄路局長兼冀察の総参議、
張維藩である。
機関長が今日の来訪の趣旨を通ずると、張維藩は
「非常に暑いところを大変ご苦労様でした。どうぞお掛け下さい」 と言い、
煙草をすすめたうえ、言葉を継いで 「実は今日、宋委員長はあいにく頭痛で
休んでおられるのです。それで私が委員長の代理としてお目にかかり、
何のお話に限らず一切責任をもって、間違いなくお伝えする事に致しましょう」
と劈頭 (へきとう) から逃げを張って来た。
そこで機関長 「実は、今日、私は日本軍司令官の代理という資格でお伺いしたのです。
だからどうしても宋委員長にお会いしたい。
もしご病気というのならば、病室までお伺いしても構わない」 と強くいった。
それに敗けた張維藩は、都合を伺ってくると奥に去った。
ガランと広い大客庁、天井の扇風機の音だけがやけに耳に響く。大木参謀が
「宋哲元先生、もうすっかり参っちゃってるんだよ。
ここに顔を出せば機関長から例の懸案について突っ込まれるし、
そういつまでも放ってはおけないからなんとか即答しなけりゃならない。
頭も少しは痛くなるだろうさ」 といった。
張維藩はなかなか戻って来ない。庭先では油蝉がやかましく鳴き続けている
十五分ばかり経ってようやく張維藩が戻って来た。秦徳純も一緒にやって来た。
張維藩は座につくなり 「委員長は何とも高熱のためお会い出来ませんので
どうぞ悪しからず。その代り秦市長に来て頂くことにしました」
秦徳純は何となく浮かない顔に薄い笑みを浮べながら、小声で
「私と張局長と、二人で委員長の代理としてお話を承る事に致します。
今日は大事なお話があると承りましたが」
機関長は秦徳純の方に向き 「今日は私達、特別の任務をもってやって来ているんです。
委員長が病気というのなら長い時間はとらせません。一分でも三十秒でも結構です。
病室に通していただけませんか」 「その……今も申し上げたような次第でして……」
この押し問答がかれこれ十分以上も続けられた。
たいていの者ならシビレを切らしてしまうころだ。
我等が今、突き付けようとするのは最後の通告書一枚だけだ。
ただ一枚の通告書を宋哲元に手渡しさえすれば、それで機関側の任務は達成出来るのだ。
この土壇場に臨んで物を聞く必要もなければ、意見を述べる事も要しない。
温厚な機関長もいささかいら立って来た。
「通告書の手渡しさえいかぬといわれるからにはやむを得ない。
貴方のお考えは極めて明瞭だ。
全面的衝突を覚悟の上でこの通告書を撤回しろといわれるんですな」
仮病にせよ重態にせよ、我々のこれほどまでの懇望がきき入れられないのは、
彼に一片の誠意がないからだ。それだけはハッキリしている。
否、宋哲元が我々に会わないというのは、恐らく宋哲元の本意ではあるまい。
今や宋哲元に代ってこの冀察を牛耳っている秦徳純と馮冶安の二人が
中間に介在して妨げているに違いないのだ。
張、秦二人が 「それじゃあもう一回、伺って参りますから」 といって座を外した。
冀察の心臓部進徳社では、こうして日華双方の代表が虚々実々、
拡大か不拡大かの大きな疑問符をめぐって、お互いが画策する。》
つづく
これは メッセージ 643 (kireigotowadame さん)への返信です.