7月26日 広部大隊広安門へ
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/23 15:05 投稿番号: [645 / 2250]
児島襄著 『日中戦争4』 文春文庫
39〜40p
《 この日、午前十一時三十分、北京特務機関は、支那駐屯軍司令部から、
香月中将の宋哲元あて親書
『第二十九軍ニ与フルノ書』
の電送をうけ、
広部大隊が豊台に到着した三十分後、午後二時三十分、
ただちに宋哲元に手交せよ、との指示電をうけた。
そこで、広部大隊の入城は顧問桜井少佐が担任することになり、
機関長松井大佐と参謀大木少佐、補佐官寺平大尉は、
宋哲元側と連絡したのち、午後三時三十分、特務機関を出発した。
・・・
(ここの内容は
最後通牒の手交1、2に書いているので省略、)
・・・》
41〜42p
《 −
そのころ、広安門で 〝異変〟 が発生していた。
顧問桜井少佐は、午後三時五十分、特務機関を出発して広安門にむかった。
出発前に得た情報では、広安門付近は
「真夏の昼下り」
そのままのだるい静けさが
みなぎり、守備の中国兵も城門の周辺に寝そべっている、とのことであった。
だが、桜井少佐が現場に到着する前に、広部大隊の進出を偵知したためか、
中国兵は配備につき、城門も閉じられた。
桜井少佐は、城門守備を担任する連長王某にたいして、
「今しばらくすると、日本軍がトラックでこの城門を入ってくる。城内の (日本人)
居留民を保護するために来たのだから、通してほしい」
と述べ、開門をもとめた。
中国側の記録によると、やがて広部大隊が来着して、
「日本総領事館衛兵自野外演習帰来」と
「偽称」
したというが、その事実はない。
王連長は、北京の戒厳司令部に電話したのち、 「ハオ (好)」
と
桜井少佐に微笑し、城門をひらいた。
ところが、王連長が電話をきると、横にいた白色長衫姿の青年がその電話で
どこかと話していたが、秦市長から電話です、と告げ、
王連長が受話器をとっている間に、姿を消した。
王連長は、受話器を耳にあて、不動の姿勢を維持していたが、
やがて桜井少佐の前にもどると、顔色と形相を変えて、言明した。
「桜井顧問、秦市長から閉門せよとの厳命です」
「なに」
おどろく桜井少佐の耳には、はやくも鉄の門扉が閉ざされる重い音がひびき、
城壁では、中国兵たちが土嚢 (どのう) を積んで戦闘準備をはじめていた。
いや、そればかりではない。城門付近の民家はいっせいに戸をしめ、あたふたと
避難するらしい市民の姿もみえ、街角の巡警も棍棒をふりまわしてわめいている……。
桜井少佐は、王連長を相手にしてもだめだと考え、・・・さらに上級者
・・・と交渉すべく、現場をはなれた。》
つづく
これは メッセージ 644 (kireigotowadame さん)への返信です.
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