7月26日 郎坊事件4 鯉登連隊の出撃
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/19 18:39 投稿番号: [641 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
303〜304p
《 午前二時半から機関の応接室で緊急会議が始められた。
中国側当局や陸軍武官室、天津軍司令部に電話はつぎつぎとかけられた。
午前三時、豊台の佐藤中尉からの電話
「前線は鎮静しました。しかし救援部隊は未だ到着しておりません。
依然楽観を許さない状態を持続しております」
「我々軍事顧問が一人、至急、郎坊に行く事にしましょう。 中国側から周参謀かだれか
を一緒に連れて行って、現地の中国軍を押えない事には、とても解決はつきやしません」
発言したのは中島顧問だった。桜井顧問が
「郎坊に行くんだったら私が行きましょう。私はこの間張自忠と一緒にあそこの部隊を
検閲して、兵が残らず私の顔を知っとるから、交渉にはかえって好都合です」
そこで早速北寧鉄路局に掛け合って列車を準備させる。また二十九軍にも交渉して
代表者二名を差し出させる事とし、桜井顧問が一緒に現地に向って出発する事になった。
一方、天津海光寺の軍司令部では、・・・
軍の総予備だった鯉登連隊を郎坊に急派する事に一決した。
連隊は第一梯団と第二梯団とに分れ、二列車編成で天津東站を出発する事になった。
第一列車には、触登連隊長自ら軍旗を捧じ、連隊主力と共にこれに搭乗、
第二列車には、配属砲兵、並びに北京救援の任務を併せ有する天津軍の広部大隊が搭乗した。
いつ敵前下車を敢行しなければならぬかわからないので、列車はことごとく無蓋貨車。
午前三時二十分、まず先頭梯団の列車が発車した。夜はほのぼのと明けて来た。
さわやかな暁の冷気を衝いて蒼穹高く、日本空軍戦爆連合の勇壮な飛翔。
空軍も同じく郎坊さして馳せ向うのだ。
救援列車が郎坊近くに差しかかったのは、六時過ぎだった。
空軍は郎坊の中国軍めがけて爆弾の雨を降らせている。
灰色をした郎坊の家々が、緑の木の間にクッキリと見え始めて来た。
前方、郎坊の森から白煙が挙った。
轟然たる音響と共に、敵の迫撃砲群が列車の側方高梁畑に落下した。
すさまじい土塊と高梁の幹が空中高く巻き上げられる。
「全員下車!」 指揮官搭乗車から命令の下達。
兵は列車から跳び下りて、線路両側の高梁畑の中に姿をかくした。
部隊は、あらかじめ指示されていた通りに当面の敵に対して展開を完了。
続いて、攻撃前進の声に応じ、高梁畑の間を縫って中隊ごとに一進一止、
郎坊めがけて前進を起した。銃声と、大隊砲の発射。
三輪寛少佐の指揮する友軍戦闘機隊は美事な急降下を敢行して、
中国軍の集中している森目がけて対地攻撃の反覆。地上部隊はぐんぐん突き進んだ。
やがて郎坊の駅がすぐ目の前に見え始めて来た。
T字形の駅標が朝の陽ざしに白くクッキリ浮び上っている。
シグナルが見える。駅舎が見える。土嚢らしいものも見える。
その土嚢の上に、何やら白いものがヒラヒラしている。
日章旗だ。日章旗を打ち振っているのだ。
「友軍はあそこに頑張っているぞ」救援隊は一気に、郎坊駅へ突き進んで行った。
駅では五ノ井淀之助中隊以下が、血達磨になって昨夜から孤軍奮闘を続けていた。
戦死者の屍がそのままに、駅舎の電報室に横たえられている。
敵は先程の爆撃に耐えられず、主力は追走してしまったらしく、
あたりにはその影を留めていなかった。
連隊は直ちに駅付近の警備に就くと共に、部落内の掃蕩戦にかかった。》
(このあとは 大した事書いてないので 省略)
つづく
303〜304p
《 午前二時半から機関の応接室で緊急会議が始められた。
中国側当局や陸軍武官室、天津軍司令部に電話はつぎつぎとかけられた。
午前三時、豊台の佐藤中尉からの電話
「前線は鎮静しました。しかし救援部隊は未だ到着しておりません。
依然楽観を許さない状態を持続しております」
「我々軍事顧問が一人、至急、郎坊に行く事にしましょう。 中国側から周参謀かだれか
を一緒に連れて行って、現地の中国軍を押えない事には、とても解決はつきやしません」
発言したのは中島顧問だった。桜井顧問が
「郎坊に行くんだったら私が行きましょう。私はこの間張自忠と一緒にあそこの部隊を
検閲して、兵が残らず私の顔を知っとるから、交渉にはかえって好都合です」
そこで早速北寧鉄路局に掛け合って列車を準備させる。また二十九軍にも交渉して
代表者二名を差し出させる事とし、桜井顧問が一緒に現地に向って出発する事になった。
一方、天津海光寺の軍司令部では、・・・
軍の総予備だった鯉登連隊を郎坊に急派する事に一決した。
連隊は第一梯団と第二梯団とに分れ、二列車編成で天津東站を出発する事になった。
第一列車には、触登連隊長自ら軍旗を捧じ、連隊主力と共にこれに搭乗、
第二列車には、配属砲兵、並びに北京救援の任務を併せ有する天津軍の広部大隊が搭乗した。
いつ敵前下車を敢行しなければならぬかわからないので、列車はことごとく無蓋貨車。
午前三時二十分、まず先頭梯団の列車が発車した。夜はほのぼのと明けて来た。
さわやかな暁の冷気を衝いて蒼穹高く、日本空軍戦爆連合の勇壮な飛翔。
空軍も同じく郎坊さして馳せ向うのだ。
救援列車が郎坊近くに差しかかったのは、六時過ぎだった。
空軍は郎坊の中国軍めがけて爆弾の雨を降らせている。
灰色をした郎坊の家々が、緑の木の間にクッキリと見え始めて来た。
前方、郎坊の森から白煙が挙った。
轟然たる音響と共に、敵の迫撃砲群が列車の側方高梁畑に落下した。
すさまじい土塊と高梁の幹が空中高く巻き上げられる。
「全員下車!」 指揮官搭乗車から命令の下達。
兵は列車から跳び下りて、線路両側の高梁畑の中に姿をかくした。
部隊は、あらかじめ指示されていた通りに当面の敵に対して展開を完了。
続いて、攻撃前進の声に応じ、高梁畑の間を縫って中隊ごとに一進一止、
郎坊めがけて前進を起した。銃声と、大隊砲の発射。
三輪寛少佐の指揮する友軍戦闘機隊は美事な急降下を敢行して、
中国軍の集中している森目がけて対地攻撃の反覆。地上部隊はぐんぐん突き進んだ。
やがて郎坊の駅がすぐ目の前に見え始めて来た。
T字形の駅標が朝の陽ざしに白くクッキリ浮び上っている。
シグナルが見える。駅舎が見える。土嚢らしいものも見える。
その土嚢の上に、何やら白いものがヒラヒラしている。
日章旗だ。日章旗を打ち振っているのだ。
「友軍はあそこに頑張っているぞ」救援隊は一気に、郎坊駅へ突き進んで行った。
駅では五ノ井淀之助中隊以下が、血達磨になって昨夜から孤軍奮闘を続けていた。
戦死者の屍がそのままに、駅舎の電報室に横たえられている。
敵は先程の爆撃に耐えられず、主力は追走してしまったらしく、
あたりにはその影を留めていなかった。
連隊は直ちに駅付近の警備に就くと共に、部落内の掃蕩戦にかかった。》
(このあとは 大した事書いてないので 省略)
つづく
これは メッセージ 639 (kireigotowadame さん)への返信です.