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7月24日 宋哲元の態度に変化

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/11/14 15:08 投稿番号: [636 / 2250]
児島襄著 『日中戦争4』 文春文庫
32〜33p

《 七月二十四日、
蒋介石は、北京の宋哲元と参謀次長熊斌にたいし、

北京は必ず守れ、防備を急速に完成させよ、
日本軍は   「一週間以内に大規模行動に出る」   可能性がある、と電報した。

この日、かねて北上を指示されていた政府軍部隊は、
次のように続々と所定の地点に集結した。


▽第二十七師=保定、方順橋、干家荘

▽第三十一師=望都

▽第四十軍先頭部隊=滄県

▽第八十四師=折口の北方の原平鎮

▽第百三十師第三八八旅=琉璃河

▽第十師、第百四十二師=石家荘

▽砲兵第七団=保定


そのほか第四十軍の主力と第八十三師が、鉄道輸送中である。
北京では、前述したように、第三十七師各部隊の撤退が不履行になったほか、

新たに第百三十二師(趙登禹)の二個師団が、城内にははいらないとの
通告があったにもかかわらず、天塩と緑米倉に進駐した。



特務機関長松井太久郎大佐は、たまりかね、かつ憤然として宋哲元をたずねた。
天津から出張してきた支那駐屯軍参謀池田純久中佐、武官補佐官今井武夫少佐が同行した。

宋哲元は、しきりに戦争回避と平和を強調したが、松井大佐が、約束した撤兵を
「数日中」   に実行してもらいたい、というと、

まだ撤兵計画ができあがっていない、と、宋哲元はこたえた。
「では、撤兵の時期はいつになるか」

「概ね一カ月後」
宋哲元は、肥腹をウチワであおぎながら、泰然として返事した。

これまでの宋哲元とはちがう様子に意外感をおぼえながら、
今井少佐が、なぜ一カ月後なのか、と質問すると、

「いまは暑い、涼しくなったら   (撤兵を)   実行する」

宋哲元は、平然と述べ、唖然としている日本側の三人に、
パタパタとウチワの風をおくった。》


つづく
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