関東軍の説得4
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/10/14 18:36 投稿番号: [604 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
254〜255p
《 こりゃまだ後何百輌続いて来るかわかりやしない。
この調子だと、陽のある中に、古北口まで行けるかどうか、怪しいもんだ。
それにしても関東軍が、これほどまでの大機械化兵団を擁していようとは、
現物を見せつけられる今まで、ちっとも知らなかったが、全く心強い限りである。
これを持って行ってブッつけたら、二十九軍なんか鎧袖一触、
たちまちどこかに吹ッ飛んで行ってしまうだろう。
だが、これだけ勢い込んで、北京平地に乗り込んで来つつある大関東軍に対し、
不拡大!
という言葉が、彼等の耳に入るだろうか?
せっかく古北口まで行ったところで、
結局、麦倉連隊長説得と同じような結果になってしまうんでは……
−
そこへ愛沢通訳生がやって来た。
「今行った兵隊さんに聞いてみたんですが、この先の方にかなり深い川があって、
こんな華奢 (きゃしゃ) な乗用車じゃ、とても古北口まで行けやしないと
いうんです」 だんだん情況が悲観的になってきた。
私は決心した。「よしッ!
俺はいまから一人で歩いて行こう。
この機械化部隊が終ったあたりで、トラックでも拾って乗って行くさ。
君は高と一緒に懐柔に引き返し、今晩麦倉部隊に泊めて貰うんだ。
明日帰りがけに私が電話で連絡するから、それまでそこで待っていてくれ」
自動車を乗り捨てた私は、機械化部隊のほこりを浴びながら古北口さして歩き始めた。
この道は四年ばかり前、一度通った事のある熟地なので、
その時の記憶がいまの私を大いに力付けてくれた。
かれこれ六キロばかり歩いたところで、ようやく機械化兵団最後尾の車輪がやって来た。
丁度その付近で、同じように待避していた麦倉連隊の連絡車が見つかったので、
私はそれにとび乗った。
そして石匣鎮、南天門の険を越え、その日の日没、
ようやく古北口の独立混成第十一旅団司令部に着くことが出来た。
旅団長鈴木重康中将は、アンペラでつくった陽よけの下にテーブルを持ち出し、
幕僚達と一緒になって作戦にふけっていたが、私の姿を見つけると、ツと立ち上って
「ヤア!
寺平君!
しばらくでした。
盧溝橋でのご活躍はかねがねうかがっていましたが、こんどはまた、
私の兵団にまでわざわざ連絡に来て下さって本当に恐縮です。
幕僚達を全員集めますから、今夜は一つ、ゆっくり北京の情況を聞かせて下さい」
鈴木中将はいつに変わらず春風駘蕩 (たいとう)、温情溢れんばかりの、
重厚味ある将軍だった。
陸軍大学校幹事という要職を経て以来、
ますますそれに貫禄がついてきたという感じが深い。》
つづく
これは メッセージ 602 (kireigotowadame さん)への返信です.
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