団河事件 騎馬兵惨殺される1
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/10/06 18:43 投稿番号: [592 / 2250]
寺平忠輔著 『日本の悲劇
盧溝橋事件』 読売新聞社刊
238〜239p
《 野口欽一少佐の指揮する天津駐屯騎兵隊は、十四日、通州を経由して豊台に向った。
出発に当ってあらかじめ、大紅門事件の経緯を聞いていたので、不測の事態を避けるため、
わざわざ南苑の南方を大迂回して、三角形の二辺に当る、団河、黄村方面に進んで行った。
そして部隊主力はその夜の十一時ごろ、無事目的地の豊台に着いた。
しかし途中、落鉄のため部隊から遅れた近藤育男二等兵と大垣軍曹とは、
馬をひきながら部隊の後を追ったが、道に迷い、
午後五時過ぎには、まだ南苑南方八キロの、団河付近を西に向って歩き続けていた。
あたりは一面丈なす高梁畑、風はすっかり死んでしまってムッとするような蒸し暑さである。
汗を拭いながら進んで行くと、不意に前の方にポッカリ、白いものが二つ現われた。
上衣を脱いだ中国兵である。
彼等は日本兵の姿を見付けると、薄気味悪い眼付きでジーッとこれを睨み据えた。
− しまった!このあたりに中国兵の兵営でもあるのかな。
急いで道を変えないと、昨日の大紅門事件の二の舞を踏んでしまう。
− 二人は、大有堂という部落の北側で直ちに乗馬した。
そしていま来た方向に反転した。そのとたん!
中国兵から激しい軽機関銃の急射撃が浴せられた。
敵は二人だけではなかったのである。
近藤二等兵はたちまちその場に射ちたおされた。
軍曹は拳銃で応射しながら、馬から跳び降りるなりとっさに高梁畑の中のもぐり込んだ。
十数名の中国兵が後を追って来た。ワイワイいいながら大垣軍曹を捜し求めている。
だがいったんこの広い高梁畑の中に逃げ込んでしまったら最後、
彼等がいくら手分けして捜しても草ッ原で落した針を探す以上の難事だった。
彼等は小銃で数回、威嚇射撃をやっていたが、やがてガヤガヤ騒ぎながら、
近藤二等兵のたおれている方に引き揚げて行った。
大垣軍曹は高梁の根株で、息を殺して日の暮れるのを待った。
− ああ、可哀そうに、とうとう近藤はやられてしまった。
もう少し早く気づいて、高梁畑にとび込んだらよかったんだがなあ!
−
軍曹の胸中には、さまざまな思いが去来した。
−
ハテ、これから豊台に行ったものかどうか。
豊台までの距離はあまり遠くはないようだ。
しかし地図一枚持っていない身では、これから先はお先真ッ暗だ。
通州に引き返すとすれば、これはかなりの道のりだけれど、一度通った道だ。
よしッ!
俺は通州に引き返そう!》
つづく
これは メッセージ 591 (kireigotowadame さん)への返信です.
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