香月司令官を諌める行動
投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/10/04 18:36 投稿番号: [590 / 2250]
松本重治著 『上海時代・下』 中公新書
143〜144p
《 橋本参謀長も、最初は新司令官に対しては手が出ず、中央からの反対を期待していた。
はたして、中央はこの無鉄砲さに驚き、
即時、右 「北支事変処理方針」 を徹底せしめるため、
中島 (鉄蔵) 参謀本部総務部長、柴山 (兼四郎) 陸軍省軍務課長を天津に急派した。
この二人を特派したのは、ややもすれば、参謀本部と陸軍省との
あいだにも見解の相違があったからであった。
十四日両氏が着くと、橋本参謀長は、この有力な援兵を待て、
香月司令官に対し説得の努力を尽し、
一方、関東軍の増兵部隊を山海関に止め置き、
朝鮮軍の増援部隊を唐山に止め置くことに、決定、発令した。
これは、橋本参謀長自身の毀誉褒貶を度外視した行動であった。
それとともに、十四日夜、張自忠との七項目の細目要求の折衝に際しても、
参謀長は、事前に、司令官から少なからざる譲歩をかち得た。
また、香月司令官が着任する前日、関東軍 (東條英機参謀長) が、
今村 (均) 参謀副長を天津に急派し、
関東軍の中央への意見具申と同様のものを
「支那駐屯軍」 からも中央へ出せと要望せしめたのに対し、
橋本参謀長は、駐屯軍の立場は、中国の領土を保全して、
これと提携していくのであり、関東軍とは立場が違う、といって拒絶した。
今村氏も、遺憾の意を表しながら、スゴスゴ帰っていった。
不拡大派の橋本参謀長は、かくして、あらゆる難関を切り拓いていたのである。
しかし、盧溝橋事件突発の翌日、関東軍の辻 (政信) 参謀は、
すでに盧溝橋の現場で、牟田口連隊長に対し、
「関東軍が後押しします。徹底的に拡大してください」 と激励していた
(寺平忠輔 「盧溝橋の銃声」、みすず書房刊 『現代史資料』 第九巻附録月報、四ページ)。
橋本参謀長は、その努力にかかわらず、
タカ派によって上下左右を取り囲まれてゆく状況であった。》
*
橋本参謀長は、日本政府が増援部隊として、満洲や朝鮮から派遣させた部隊を
入口で留め置く指令を出した。
関東軍の増兵部隊は山海関に、朝鮮軍の増援部隊を唐山に。
これらを中に入れると折角の和平がぶち壊しになるから。
これは メッセージ 589 (kireigotowadame さん)への返信です.
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