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西安事件2 張学良のあせり

投稿者: kireigotowadame 投稿日時: 2010/06/08 18:54 投稿番号: [467 / 2250]
蒋介石は張学良が共産党と接触している事を知っていました。


児島襄著 『日中戦争3』 文春文庫


251p
《 蒋介石は、既述したように、張学良の不穏な動きについての情報を
耳にしていたわけであるが、

十二月七日、華清池を訪れた 『大公報』 紙主筆張季鸞との間に、
次のような問答をかわしている。

「請問○(ニイ)們在廷安的記者、最近有什麼重要消息○(マ)?」

(貴社の延安駐在の記者から、最近なにか重要なニュースははいらないか?)

「謡言很多、但是他不相信這些無稽之談」(デマは多い、信用できぬ話ばかりです)

「○(ニイ)所謂謡言、是否己聴到了張漢卿 (学良) 輿共産党在廷安面商擁護中央、

一致抗日的消息○(マ)?」

(そのいわゆるデマの中に、張学良が延安で共産党と中央の擁護、
一致抗日を交渉した話はふくまれていないか?)

「是的」(あります)

この問答は、張学良・周恩来秘密会談が、すでに蒋介石の情報網にキャッチされていた
のみならず、一般にも知られていたことを告げている。》


松本重治著 『上海時代・下』 中公新書

52
《 中共により、紅軍により、また救国会の運動により、学生運動により、
旧東北軍や西北軍が、約一年前からの 「内戦停止」「一致抗日」

「中国人は中国人と戦わない」 などのスロ−ガンと、その魅力あるアッピールのために、
それほどまでにも (張学良が)「洗脳」 されていたとは、蒋はそのときまで全然知らなかった。

それで張季鸞の報告と忠言に耳を懐けた蒋介石は、
ただちに、第六次 「剿匪」 事業の作戦を根本的に練り直す必要を感じた。

「剿匪」 事業のためには、東北軍も西北軍もすでにつかいものにならぬと感じたからであった。》


53〜54p
《 十二月九日になると、西安の学生たちは、一二・九記念デモをやり、「内戦停止」
「一致抗日」 の要求書を、蒋介石に親しく会って手渡しするため、華清池に向って出発した。

間もなく、警察の発砲によって、デモ隊、とくに年少学生に負傷者が出たので、
学生たちは非常に激昂した。

張学良は、それを聞いて駈けつけ、やっとのことでデモ隊を思いとどまらせ、
市内に引き返させた。

その夜、張は華清他に行き、蒋に面会を求めて、学生に代り、
その衷情を訴えたが、逆に蒋からは、頭から叱られてしまった。

張は、「極度の衝撃を受けた」 と 「懺悔録」 に書いている。


翌十日には、張は、前夜、学生に語ったように、蒋に面を冒して自己の所信を
述べるため、ふたたび蒋に会見を求め、「内戦停止」「一致抗日」 の立場から、

蒋の掃討計画に疑問を強硬に表明したが、にべなく拒否され、
ふたたび蒋から叱正を受けた。

そればかりではない。西安綏靖主任たる楊虎城はまだしも、
いやしくも西北 「剿匪」 副司令たる張学良にとって、

「数回の軍事会議に ― これは張の思い過しでもあったが ― 召集されなかった」
ことは、異常のショックであった。

張の 「懺悔録」(前掲、七八ページ)によれば、
「それは、私 (張) と楊虎城に疑惑と不安を抱かせた。》


つづく
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